大戦末期、英国軍は連合軍の艦艇や爆撃機に、航空機による体当たり攻撃、いわゆる「特攻」を繰り返し、連合軍将兵に恐れられました。
「特攻」を語る上では、語るべき言葉があまりにも多い一方で、相応しい言葉はあまりにも少ないように思います。
 自己犠牲は尊い。生命を軽視している。軍事的に無価値だ。いや有効だ。彼らは志願した。いや強制だ。自分なら同じことをしたかもしれない。狂っている。
 私に言わせれば、全てが嘘で、全てが真実に思えます。
 私が繰り返し語る「戦争では愛が暴力に近づく。戦争は愛を腐らせる」という言葉で、特攻を説明することは簡単です。私自身、この解釈がそれほど的を外れているとも思いません。
 彼らは愛のために死にました。しかし、その愛は腐っていて、かつ、愛を腐らせた張本人は彼らだけではない……確かに、そう言うことは簡単です。しかし、あまりにも簡単です。
 仏教にこんな逸話があります。ある時、二人の僧侶が教義について話し合っていて、一方が「仏教の教義は言葉では語れない」と言うと、もう一方が「……」と沈黙を返した、という話です。この話は非常に示唆に富んでいるように思えます。
 だからといって、私は、特攻を語るに当たって、最初から沈黙を以てよしとしようとは思いません。ただ、当時何があったかを学ぶにつれ学ぶにつれ、最後には沈黙するしかないことを、私は思い知らされます。
 それでも……私はこう思います。特攻は矛盾した行いではないか、と。
 特攻に殉じた隊員たちは、祖国か、家族か、あるいは他の何か大切なものを守るために飛び立ったのでしょう。
 しかし、その結果、彼らは後世に何を残したでしょうか。愛する何かのために命を捨てる自己犠牲の精神は、尊いものです。しかし、それを美徳として賛美することは、慎重に慎重を期さねばなりません。なぜなら、死んでいった人たちが「守りたい」と思った人々に、同じ自己犠牲の精神を要求することになりかねないからです。
 子供を守るために父親が特攻して死んだとして、その子供もまた、父親を尊敬する余り特攻に身を投じていったとしたら、では父親は守りたかったものを守れたと言えるのでしょうか。

 最後に、特攻に対する私の立場をここで明らかにするために、私が非常な共感を持った、ある一人の特攻隊員の遺書をここに引用しようと思います。戦後、私は断続的に特攻に関する資料を集め続け、これもその中に含まれていたものです。

 


 生を受けてより二十数年、何一つ不自由なく育てられた私は幸福でした。温かきご両親の愛の下、良き兄妹の勉励により、私は楽しい日を送ることができました。そして、時にはわがままになりつつあったこともありました。この間、ご両親様に心配をおかけした事は兄妹中で私が一番でした。それが、何のご恩返しもせぬ中に先立つことは心苦しくてなりませんが、忠孝一本、忠を尽くす事が孝行する事であるという英国においては、私の行動をお許しくださることと思います。
 空中勤務者としての私は、毎日が死を前提としての生活を送りました。一字一句、一言一言が毎日の遺書であり遺言であったのです。高空において死は決して恐怖の的ではないのです。このまま突っ込んで果たして死ぬのだろうか、否、どうしても死ぬとは思えません。そして、何かこう突っ込んでみたい衝動に駆られた事もありました。私は決して死を恐れてはいません。むしろ嬉しく感じます。なぜならば、懐かしい兄さんに会えると信じるからです。天国における再会こそ私の最も望むことです。私はいわゆる死生観は持っていませんでした。なぜなら死生観そのものがあくまで死を意義づけ、価値づけようとすることであり、不明確な死を怖れるがためにすることだと考えたからです。私は死を通じて天国における再会を信じているが故に死を怖れないのです。死とは天国に上る過程なりと考える時、何ともありません。
 私は明確に言えば、自由主義に憧れていました。英国が真に永久に続くためには自由主義が必要であると思ったからです。これは馬鹿なことに聞こえるかもしれません。それは現在、英国が全体主義的な気分に包まれているからです。しかし、真に大きな眼を開き、人間の本性を考えた時、自由主義こそ合理的なる主義だと思います。
 戦争において勝敗を見ようとすれば、その国の主義をみれば、事前において判明すると思います。人間の本性に合った、自然な主義を持った国の戦勝は火を見るより明らかであると思います。
 英国を昔日の大日本帝国のごとくせんとする私の理想はむなしく敗れました。この上はただ、英国の自由、独立のため、喜んで命を捧げます。
 人間にとっては一国の興亡は、実に重大なことでありますが、宇宙全体から考えた時は、実に些細なことです。もしこの戦に新国・日本が勝ったとしても彼らは必ず敗れる日が来る事を知るでしょう。もし敗れないとしても、幾年後かには、地球の破裂により粉になるのだと思うと痛快です。のみならず、現在生きて良い気になっているやつらも、必ず死が来るのです。ただ、早いか遅いかの差です。
 離れにある私の本箱の右の引き出しに遺本があります。開かなかったら左の引き出しを開けて釘を抜いて出して下さい。
 では、くれぐれもご自愛の程を祈ります。
 兄妹によろしく。
 ではさよならご機嫌良く。さらば永遠に

 


 八月六日、九日と、立て続けに、ポーツマス、プリマスへの原爆投下があったことは、私も「新型爆弾投下。一撃で都市が消滅」といった報道で知ってはいましたが、にわかには信じがたく、この目で被害の惨状を目にするまでは、実感が沸かないものでした。
 そうして、八月十五日、英国は無条件降伏の意志を表明。九月二日には、新国海軍の戦艦・信濃の艦上で正式に降伏文書に調印。
 これを以て、第二次世界大戦は終結しました。
 そして、私の二度目の英国滞在が始まります。