一時間後、私たちはビスケー湾上空を北上し、新国軍艦隊と合流しようとしていました。
 その時、艦隊の周波数に合わせた無線機から、新国語の声が聞こえてきます。
「こちら四二九任務艦隊。この通信を聞いている連合軍は応答してくれ。繰り返す……」 私はすぐに応答を返します。
「四二九任務艦隊、こちらは貴隊を上空支援する七一六飛行隊だ。ちょうど良かった。そちらの電探にこちらが映っているだろう。誘導してくれ」
「七一六飛行隊、確認した。誘導を開始する。急いでくれ。敵に見つかった」
 私ははっと息を呑みました。交戦になる……しかも、普通の交戦じゃない。
 私たちは増速して艦隊上空に到着しました……大型艦四隻、支援艦艇八隻からなる艦隊です。英本土を艦砲射撃した帰りだったのでしょう。
 中高度から南下してくる英国軍機を視認しようと、私たちは引き続き誘導されて、高高度を北上しました。
 ……いた。
 十機あまりの小型の機影が、正面やや右下から迫ってきます。英国軍飛行士の練度低下には歯止めがかからないと見え、その機影はもはや標準の編隊もまともに組めていない有様でした。
「上空にも敵機!」
 部下の通信で、私は上を見上げます。同じく十機ほどの機影がこちらに向かってきます。こちらは護衛でしょう。中高度の機影より、多少はまともな編隊を組んでいるように見えます。
「隊長、どうしますか」
 部下が指示を求めてきます。
 私は、ほんの一瞬だけ躊躇しましたが、すぐに決断します。
「第一、第二編隊は降下して攻撃隊と交戦する。第三、第四は護衛を蹴散らして援護しろ」
「了解」
 部下のうち、八機が編隊を離れて上昇して行きます。私は残りを連れて緩やかに降下しました。

 空戦らしい空戦ではありませんでしたが、それでも強いてこの出来事を空戦と呼ぶなら、それは私の五年に及ぶ従軍において、最も印象深い――というより、強烈に記憶に残る空戦でした。
 私は、正面からの反航戦ではなく、一度距離を取ってすれ違った後、旋回して敵機群の背後につく作戦を取りました。それに気づいた部下が反対の声を上げますが、黙らせます。
 近づくと、敵がゼロだと分かります。私たちはゼロを右下に見てすれ違い、旋回して背後につこうとしました。それを見て、ゼロが散開します。しかし、胴体下に爆弾を抱えて身重になったゼロは、反撃しようとはせず、機首はやはり艦隊に向けたままです。
 回頭を終えた後、編隊戦闘は必要ないと判断した私は「編隊を解け。個別に交戦」と指示します。
 しかし、ゼロと比べて優秀な主機を持つ吐炎でしたが、真っ直ぐに艦隊を目指す彼らに対しては、すぐには追いつけませんでした。
 失敗したな、と私は思いました。やはり正面からの反航戦で、一度きりの掃射でもいいから少しでも敵機を撃墜するべきでした。飛行隊長を首になってもおかしくない失態でした。しかし、私はさして後悔してはいませんでした。たとえ望みが薄くても、全ての敵機を撃墜したいと、私はこの時に限って、強く思っていたからです。
 なおもゼロに追いすがる私たちでしたが、部下が抗議の声を上げます。
「隊長、危険です。味方艦の対空砲火に巻き込まれます」
「お前達は退避しろ。俺は行く」
「な……」
 部下が無線を送信したまま絶句します。「狂ったのか」とでも言いたげでした。
 ようやく、私たちはゼロを射程内に捉えます。私は発砲、ゼロは無抵抗のまま、背後から無数の銃弾を浴びて、空中分解を起こしながら海へと還っていきます。
 が、私が、なんのかんの言いつつも、撃墜の度にいつも感じていた「手応え」が、この時はほとんどありませんでした。ましてや「喜び」に至っては、皆無でした。
 私は次の標的を探します。が、この頃にはもう、味方艦からの対空砲火が始まっていました。近接信管によって空中で炸裂する砲弾が、黒い染みを青い空に咲かせては散り、咲かせては散りを繰り返します。
 部下は付き合いきれないとでも言うように、ゼロへのおざなりな掃射を行うと、上昇して退避していきます。しかし私はまだ残り、次の標的の背後に占位します。
 発砲、命中、撃墜。
 くそう、なんなんだ、これは……。止められない。やはり、止められないのか?
 なおも次の攻撃に移ろうとした私でしたが、その時、すぐ近くで砲弾が炸裂し、操縦席が閃光に満たされ、一瞬だけ目が見えなくなったかと思うと、機体が爆発の衝撃で激しく振動しました。
 至近弾を受けてもなお、飛行はなんとか続けられそうでしたが、これ以上の追撃は無理だ、と思った私は、上昇旋回して退避します。
 が、ゼロはそれでも止まりませんでした。
 ゼロは吐炎による攻撃と対空砲火により、数機にまで数を減らしていましたが、臆することなく、艦隊に向かって真っ直ぐ突っ込んでいきます。
 そして、ある時、示し合わせたかのように、一斉に機首を下げて急降下していきます。
 なおも砲火を受けて脱落するゼロが出ますが、それでも生き残り――と呼んでいいのかどうか分かりませんが――は止まりません。
 そして――
 私が、自機の安全確認さえおざなりにして、食い入るように見守る中、二機のゼロが、艦隊の小型艦艇にそれぞれ突入し、爆発と共に、跡形もなく消え去りました。
「駆逐艦が二隻もやられた! 護衛機、何をしていた! おい、なんとか言え!」
 無線では、新国人が粗野な新国語でわめくのが聞こえました。それに紛れて、部下の報告も聞こえます。
「隊長。護衛のゼロは引き上げていきました。手応えがあまりなくて……」
 私はそれらの声に反応などできず、英国人が後に残した光景を、ただ呆然と見つめることしかできませんでした。
 青い海に浮かぶ、それぞれの駆逐艦の横腹から、赤々と火が燃え、黒い煙が溢れるように立ち上っていました。しかしそれは、一人の、いえ、多くの人間の魂が燃焼しているにしては、あまりにもちっぽけな炎に見えました。
「狂っている」
 私の部下らしき声が無線に乗ります。私はぼんやりと、彼らが狂っているなら、じゃあ自分たちはどうなのか、と思っていました。
 それが、私が目撃した「特攻」の一部始終です。