翌朝、私たちを乗せた馬車は、欧州軍の後方集積地となっている、ピレネー山脈にほど近い港町にたどり着きました。郊外に設営された基地に入った私は、ジャンが上官とやりとりするのを見ていました。
「知らせを聞いて、日本軍の車が迎えに来ているそうだ。ついてこい」
 ジャンにそう言われるまま、私は欧州兵が行き交う基地の中を歩きます。
 周囲から寄せられる好奇の目を気にしていた私を尻目に、ジャンは自嘲気味に話します。
「この基地では日本軍とのやりとりも多いらしくて、俺は通訳として働くことになりそうだ。前線に戻されずに済む。あんたのおかげだな。いや、マルセイユを占領した、日本人みんなのおかげだ。皮肉なもんだ」
 私は返事をすることができませんでした。ジャンは日本語が堪能だったのに、その日本を心底憎んでいるのです。そのことをとても悲しく、残念に思いましたが、また同時に、それは当然だという気も私にはしました。
 基地の一角に、二人の日本兵が、軍用車に寄りかかって立っていました。彼らはこちらに気づくと、無邪気に笑って、手を上げて合図をします。私はどうも、それに手を上げて答える気にはなれませんでした。彼らの同胞であることを、恥ずかしいとさえ思いました。
「さあ、俺はここまでだ」
 ジャンは日本兵を見ると、立ち止まり、私の方を見て、さあ行けと促すようでした。
「ジャン」
 私は、昨日からずっと考えていたことを口にしました。
「僕が悪かった……僕の祖国は、君たちに申し訳ないことをした。僕は国を代表することなんてできないが、祖国がしたことや、僕が何も知らずに恵まれた生活を送ってきたことについて、恥ずかしく思う。本当にすまなかった」
 ジャンは正面から聞こうとはせず、私から目を背けるようにしながら、歩き去ろうとしました。
「待ってくれ、ジャン!」
 私は振り返り、彼の背中に声をかけます。彼は立ち止まりますが、振り返りはしません。
「僕の思いは一方通行かもしれない。そのことについて君を責めたりするつもりは全くない。でも、最後まで言わせてくれないか……この戦争が終わったら、すぐにまた、別の戦争が始まるだろう」
 ジャンは聞いてくれているように思えました。私は彼の背中に語りかけました。
「その戦争は、銃や戦闘機を使った戦争じゃない……それは、どれだけ多くの爆薬を使っても打ち砕けないような、抑圧や圧制、差別や不平等、憎悪や不寛容との戦争だ。僕はその戦争を戦うつもりだ。自由、平等、博愛の精神の側に立って。その戦争では、国籍なんか関係ない。ジャン、その戦争では、君も僕と、戦友として共に戦ってくれることを信じる。僕たちの敵は、自分たち強者の利益のためなら弱者を虐げてもいいと考える、邪悪な精神を持った邪悪な人間たちだ。僕たちは邪悪な精神を退けるために戦う。確かに、僕は恵まれた国に生まれ、君はそうではないという、決定的な違いはある。だが、僕は君が何と言おうと、僕たち共通の戦いに際して、君に対する援助を惜しまないつもりだ。邪悪なやつらは、僕を牢獄につないだりして、手も足も出ないようにしてしまうかもしれない。だが、たとえそんな困難の中にあったとしても、僕の魂は海を越え山を越え、遠い異国の地で戦う君に寄り添うだろう」
 私が演説を終えても、ジャンは微動だにしませんでした。
 私はそれも仕方ないと思い、踵を返して、日本兵たちの方に歩き出します。
「待て!」
 肩越しに振り返ると、ジャンが私を見ていました。
「あんた、名前は」
 私は答えます。
「桐鞍真」
 ジャンは最後まで、あの欧州人らしからぬ仏頂面を崩しませんでした。
「……言いにくい名だ。だが、覚えておく」
 そうして、私たちは別々の道を歩き始めました。
 しかし、目指すところは同じであることを、私は今も信じます。