「ジャン……これだけは聞いてくれ。全ての日本人が、植民地支配に賛成というわけじゃないんだ。日本が神聖ローマを負かした、あのアヘン戦争ですら、反対する日本人は少なくなかった」
「……でも、戦場で日本軍がローマ軍を圧倒していることが伝わると、そういう声はなくなった。違うか?」
 その通りだったので、私は押し黙らざるを得ませんでした。
 しばらくして、私は自己弁護の代わりに、親英家の端くれとして、英国人のことだけでも弁護しておくべきではないか、と思いました。
 私は幼少期の英国での体験を、ジャンにも聞かせました。英国人だって悪い人間ばかりではない、と強調して。
 ジャンは、体育座りの格好をしながら、額を膝につけるようにしてうつむいていました。
「まだ分かってもらえないか? じゃあ、この話はどうだ」
 私は日中航空決戦の時、墜落してきた中帝の爆撃機から乗員を助け出した時の話をしました。それから、捕虜になった中帝兵と話をしたことも。
 私は、人々は、国家とか、文明とか、人類とか、そうした、大きくて、空恐ろしく、不気味なものに踊らされているのだと、言外に匂わせる言い方をしていました。
 今思えば、馬鹿なことをしたものです。本当に愚かなことを。
「もうやめろ!」
 私がついに、勇気を出して、ハーロックの話を持ち出そうとして息を吸い込んだ直後、ジャンは叫びました。顔を上げ、私をにらみ、西方の人がみなやるように激しい身振りで怒りました。
「やめてくれ……俺だって、分かってるんだ。マルセイユにいた時、俺は物乞いだってやった。どれだけ多くのアジア人が、俺に小銭を恵んでくれたことか……その中には、本当に善良に見える人だっていたよ。でも、いつもいつも……俺が物乞いで得た金で腹を満たした時、後に残るのは悔しさだけなんだ。そして、もう二度と物乞いなんかしないと誓う……それでも、どうしても追い詰められると、また物乞いをしてしまうんだ……お前には分からないだろう! この悔しさが!」
 ジャンは、馬車の奥の負傷者たちを指して言いました。
「この負傷者たちを見ろ! お前には彼らが不幸に見えるか? 冗談じゃない、彼らは幸運な方なんだぞ。負傷した欧州兵が、普通どうなるか知ってるか? 自分で歩けないぐらいの重傷を負ったら、そのまま戦場に置き去りにされて、何の治療も、看取る者もなく、土の上で雨ざらしにされたまま、苦しみ続けるんだ。そこに後から来た英国軍が『哀れだ』と言ってどうすると思う? やつらだって治療する人手も物資もないんだ。だから、一人一人銃剣で突いて殺していくんだ。運良く、ここにいるこいつらみたいに助けられても、助かる見込みなんかほとんどない。仮に助かっても、一生を障害者として送らなければならない者が大勢いる。みんな英国兵がやったんだ。お前ら日本人にも責任がある!」
 ジャンは、興奮のせいでもう息が上がりかけていましたが、構わずに続けました。
「それだけじゃない。英国兵は女子供も大勢殺した。母親を井戸に投げ捨てられた者がいる。腹を銃剣で刺された妊婦がいる。妹を強姦された兄がいる……それが俺たち欧州人だ。そんな俺たちに、そんな『いい話』を聞かせて、一体どうしようっていうんだ。そんなことで、俺たちの傷が癒えるとでも思ってるのか。お前たちのやったことが、なくなるとでも思っているのか!」
 ジャンは興奮に任せてまだ続けようとしたが、馬車の奥から、ジャンにフランス語の言葉が投げられました。「うるさいぞ」とでも言われたようでした。それきりジャンは黙って、いつの間にか上げていた腰を下ろして、それきりまた塞ぎ込みました。
「すまなかった……」
 私は言いました。ジャンは返事をしません。私はそれを当然だと思いました。奇妙だとも非礼だとも思いませんでした。
「全て君の言うとおりだ。僕が愚かだった。申し訳ないことをした……」
 頬を伝う涙を、私は隠すことができませんでした。ジャンはまた顔を下に向けていたので、私が泣いていたことに気づいていなかったかもしれません。そうだったら、私にとって幸いでした。もし見られていたら、私は、彼らが受けた苦痛を前にして、涙を流すことしかできない、無力で心のない、惨めな自分をさらけ出すことになっていましたから。