その時、私は、ずっと考えていた疑問に、一つの答えを見いだしました。
「なあ、ジャン」私は言いました。ジャンが、うつむいていた目を軽く上げます。「ひょっとして君は、マルセイユにいたんじゃないか? 日本語もそこで覚えたんだろ?」
 すると、ジャンは即座に、しかし投げやりに
「当たりだ」
 と答えました。
 読者諸氏もご存知の通り、欧州屈指の港湾都市、マルセイユは日本の統治下にあります。租借地、まあ植民地です。
 ようやっとそれを聞き出した私でしたが、それっきり黙り込むしかありませんでした。なぜなら、ついさっきまで、私は助けられた日本兵で、彼は助けたフランス兵だったのに、彼がマルセイユ出身であることを私が知った瞬間から、私は支配者、彼は被支配者でもあるという、ねじれた関係になってしまったからです。道理で、彼がいつまでたってもよそよそしいわけでした。
 翌日も、死臭を身に纏いながら馬車に揺られていると、ジャンが御者と何事か話したあと「この分なら明日には着くらしい」と私に言ってきました。やはり、投げやりに。
 前日と同じように、馬車の後ろに向かい合って腰掛け、黙り込んでいた私たちでしたが、その会話の直後、唐突に、ジャンの方から語り出しました。
「マルセイユで生まれ育った……母はアジア人を客にとる娼婦だったよ。父は誰だか知らない。鏡を見る限り、もしかしたら、フランス人だったのかもな。何があったのか知らないけど」
 ジャンは自嘲気味な笑いを挟みつつ、続けました。
「生きていくのは大変だった……靴磨き、ゴミ拾い、残飯漁り……何でもやったけど、何をしても、アジア人が関わっていた。アジア人の靴を磨き、アジア人のゴミを拾い、アジア人の残飯を漁った。まあ、欧州人にも、気に入らない金持ちはいたけどな」
 私は黙って彼の話を聞きました。何も言えませんでした。
「何年か前、方々手を尽くして、日本人富豪の召使いの仕事に、どうにかありついた。他と比べれば、悪くない仕事だった。少なくとも食べるのには困らない……その金持ちは、家族と一緒にマルセイユに住んでいて、息子が一人いた。俺より少し年下で、生意気なやつだった。いや、とんでもない性悪だった。そいつは、昨日まで俺たちが乗ってたみたいに、自転車に乗るのが好きだった。でも、当時の俺は自転車に乗れなかった。あいつはたまに俺を呼びつけては、自転車に乗せて、俺が転ぶのを見て、自転車にも乗れないのかと言って俺を馬鹿にしたよ……そのうち、俺は仲間の使用人と一緒になって、こっそり自転車の練習をした。見返してやろうと思ったんだ。それで、いつしか乗れるようになって、まず仲間の方が、それを富豪の子供に披露した……そしたら、そいつは生意気だと言われて、その日のうちにクビになっちまった……俺は怖くて足が震えて、二度とあのガキの前じゃ、自転車には乗らなかったよ。その他にも、あいつはことある毎に俺を馬鹿にした。殴ることさえあった。誰も止めなかった……でも俺は我慢した。そうするしかなかった。そんな仕事でも、残飯漁りよりマシだったんだ……そこに、英国軍が来た。俺の雇い主たちは逃げようとしたが、あっけなく英国軍にとっ捕まって、収容所に送られた。あの性悪息子もな……今頃どうしているやら。きっと酷い目にあってるだろうな。正直、いい気味だと思うよ」
 彼はそれきり黙ったので、私は「それから君はどうしたんだ」と、勇気を振り絞って聞かなければなりませんでした。
「どうしたかって? 今じゃ英国軍も同じぐらい憎い。あいつらは欧州を解放しに来たんじゃない。アジア人と同じ事をしに来たんだ。同じ欧州の民族なのに……英国人は、誇り高いフランスの地を侵略して、自分たちが豊かになるために搾り取ろうとしている。アジア人と全く同じさ……その上、街や村を襲い、大勢の人を殺した。女や子供もだ。……だから、俺たちは、その英国人を追い出すために、新国人や、あんたら日本人の力を借りなきゃならない、ってわけさ」
 ジャンは言い終わると、鋭い眼光で私をにらみつけました。
 私は、思わず目を逸らしそうになるのをぐっとこらえました。