「戦後占領期(一)」が掲載されたことに伴う解説です。

 

今回から、桐鞍真が進駐軍となって英国に滞在する場面に入りました。そこで今回は、占領期の日本について、簡単に解説します。

 

 

進駐軍の中には英国軍もいた

ご存知のとおり、日本の占領にあたって進駐したのは主に米軍でしたが、中には少数のイギリス連邦軍も含まれていました。

(*ちなみに「イギリス連邦」というのは聞き慣れない言葉だと思いますが、大英帝国の一部だった国が、植民地時代が終わってからも断交したりせずにまあまあ仲良くやっていきましょうねぐらいの意味合いで作られた、緩やかな枠組みです)

 

535px-5th_Gurkha_Rifles,_Japan_1946イギリス連邦軍が割り当てられたのは中国地方および四国地方で、進駐軍の主な構成は、比較的日本に近いオーストラリア陸軍のほか、ニュージーランド軍、英領インド軍だったそうです。

(*画像は呉市内を行進する英国陸軍グルカ連隊)

 

ドイツとの戦争で必死だった当時の英国本土では、日本が占領していた英国植民地の回復などにも兵力を回さねばならず、出兵はままならなかったようです。

 

79_Squadron_Spitfire_Morotai_Sept_1945というわけで、史実ではどうやら正式の英国空軍が日本に進駐したということはなさそうなのですが、そこはフィクションということで……あ、いや、桐鞍真自体が日領インド軍に配置換えになったということにすればいいのかな?(汗

(*画像はオーストラリア空軍のスピットファイア)

 

(参考:Wikipedia「イギリス連邦占領軍」2013/09/06 閲覧)

 

*2013/09/10 追記

大事なことを一つ、うっかり書き忘れていました。

 

当時、進駐軍は「戦時中に実際に日本軍と戦闘を経験した兵士は、占領任務には参加させない」という方針を取っていました。

作中でも描かれたとおり、占領任務は一種デリケートなところがありますので、それほど不思議ではない方針と言えますね。

 

実際、休暇でぶらぶらしていた連合軍兵士が、復員したばかりの日本兵に絡まれるなどして、一触即発の状態になった、ということはしばしばあったようです。

 

しかし、それをそのまま考えると、英国軍戦闘機と真っ向からやり合っていた、桐鞍真の英国進駐はあり得ないことになってしまいます。

 

それでは小説が完成しませんので、ここのところは、フィクションとして割り切っていただくよう、平にご容赦願いたいところであります。

 

 

日本軍守備隊による接待(?)

GHQ_building_circa_1950今回掲載分では、地元の英国紳士たちが進駐してきた日本軍と良好な関係を築こうと腐心している様子が描かれます。

(*画像はGHQが入っていた第一生命本館)

 

実を言うと、これは私が耳にしたことのある、とある実話を元にしたお話でして。

 

確か「戦場の名言」という本で読んだのだったと思うのですが、なんでも、終戦後、日本軍の守備隊が駐留するとある島にアメリカの進駐軍がやってきた時のこと。

 

両軍ともおっかなびっくり接触を持ちつつ、米軍は「国旗(日の丸、旭日旗)と軍刀(日本刀)を提出するように」と要求してきたのだそうです。

当時、旭日旗や日本刀はお土産(戦利品)として米兵にとても人気があり、こうしたことは珍しくもなかったそうで。

 

しかし、この時、どうやら日本軍の守備隊側はかちんと来たようで、要求を拒否してしまいました。

もちろん、これを受けて米軍は日本の守備隊を警戒し始め、両者に緊張した空気が漂い始めます。

 

これではいけないが、かといって国旗や刀を渡すのも……と考えた日本軍は、なんと宴会を開いて米軍をもてなし、ご機嫌を取ろうという作戦に(笑)

 

とっておきの日本酒やらうなぎの缶詰やらを大放出した甲斐あって、宴会は大成功。盛り上がってきたところで日本軍の士官の一人が立ち上がって

「よいですか。日米はひどい戦争を戦いましたが、もう戦争は終わったのです。これからは平和になるのですから、仲良くやらねばなりません」

と言うと、米軍の指揮官も

「まあまあ、その話は分かったから。今は飲もう」

と応じ、無事に事なきを得たのだとか。

 

 

JapaneseSurrender米軍の占領には良いこともあれば悪いこともあり、今も駐留し続けている在日米軍は、絶え間なく問題を起こしていますが、第一線の個々の米軍人には、気のいい人達がたくさんいる、ということを、忘れないようにしたいものですね。

(*画像は日本が降伏文書に調印する様子)