しかし、評価がもらえないなら、なぜ小説を書き続けているのか、と我が輩は続けて聞いた。作者はこう答える。
「十代の頃からずっと書き続けてきた。時々、長い休みを挟むことは確かにあるが、それでも俺にとって、書くことは息を吸うように自然なことになっている……だから、なぜ書くのか、と言われても分からない。でも、何を書きたいのか、なら、最近、分かってきた気がする」
  ……?
「俺は、俺が読みたい小説を書きたい」
  ……自己満足なのか?
「そうじゃない。もちろん、小説という形をとる以上は、人に読ませるわけで、読者の楽しみは意識しなきゃいけない。『読みたい小説を書きたい』と言ったのは、それだ。『書きたい小説を書きたい』は自己満足かもしれない。でも『読みたい小説を書きたい』は、少し違うと思う」
  ……何も違わないと思うが。
「まあ、口で言っても仕方がないさ。願わくば、俺の小説を読めば、俺が考えていることが分かるようにしたいもんだね」
  ……我が輩は、小説なんだが。
「そうだったね」と、作者は苦笑した。「こいつは一本取られた」

  

  さて、ここまで来て、作者は一度我が輩を読み返してみた。そして、頭を抱えた。
「この小説は糞だ。糞のようにつまらない!」
  我が輩にたいして、ずいぶんな言いようである。
  では、つまらなくない小説など、書いたことがあるのか、と我が輩は作者に聞いてみた。
  そんなことは分からない、と作者は言う。
「つまらない、という評価は、時として曖昧になりうる……ことに、俺みたいに、読者が少ない作家にとっては」
  言い訳のようにしか聞こえないのだが。
「だってなあ……でも、この前書いた、あれは、ちょっと面白かったんじゃないかと思うんだよな」
  あれ、というのは、我が輩の前に書いた長編小説である。我が輩を書かなければならないところを放って置いて、ひたすら書いていたという。
「しばらく時間を置いて、もう一度読んでみればはっきりすると思うが、あれは面白かったんじゃないか、という気がする」
  どうも自信なさげだな。
「勘弁してくれ。未だに、お前みたいなつまらない小説を書いている、つまらない作家なんだから」
  で、その長編は賞に送ったのか。
「もちろん。そのために書いたんだから」
  自信はあるのか。
「だから、分からないってば」
  駄目だこいつは。

  さて、我が輩にも終わりが近づいてきたようだ。
  小説の死とは、どのような事象を、あるいはどの時点を指すのだろうか、と我が輩は考える。
  完成した瞬間ではない……これは分かる。では、人々から忘れ去られた瞬間だろうか。しかし、それなら、多くの小説がいつまで経っても死んでいることになる。
  ただ、一つ分かることがある気がする、と我が輩の作者は言う。
「小説というのは、完成すると、冒頭に戻るんだ。最近、それが分かってきた気がする」
  作者によれば、小説というのは終わるとまた始まりに戻り、環のような構造になっている、あるいは、環のような構造になっている小説が、いい小説なのかもしれない、という。
  なるほど、と我が輩は思う。仏教の輪廻みたいなものか、と。生きては死に、死んでは生き返る。小説もそういうものかもしれない。
  では、我が輩の最後の一行は、こうするのがよかろう。
  我が輩は小説である。

                                                                                完

 

 


 

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