i_am_a_novel我が輩は小説である。タイトルはまだない。

  

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2013年4月 文学(?) 完結した掌編 3ページ

  

  

  我が輩は小説である。タイトルはまだない。内容もまだない。少なくとも、まだ。
  我が輩がどのようにして生を受けたかは判然としない。というのも、小説が「生まれる」とは一体どのような事象を、あるいはどの時点を指すのか、我が輩にも、我が輩の作者にも、判然としないからだ。小説が生まれるのは、一行目を書き出した時だろうか、構想に着手した時だろうか、あるいは、完成させた時だろうか。なかなか面白い問いだが、我が輩も、我が輩の作者も「小説は面白ければ何だっていい」と固く信じているので、この問いはしばらく放っておくことにしよう。
  読者諸氏は、次に我が輩が、我が輩の作者について何か語るのを期待しておられるかもしれない。が、我が輩の作者は、控えめに言ってかなり可哀想な人である。この上、作者の身辺事情を何から何までつまびらかにしてしまっては、作者がもっと可哀想な人になってしまう。なので、作者については断片的に語るにとどめることをお許し願いたい。

  我が輩の作者は人間である。名前は一応ある。内容は……我が輩がどうこう言うことではない。
  我が輩の作者がどのようにして生を受けたか……などと言うところから始めるのは詮無きことであろう。我が輩は仮にも小説であるから、作者が小説を書き始めたところから始めるのが理にかなっているかと思う。

  
  作者が小説を書き始めたのは、十三、四歳の頃だそうである。早いのか遅いのかよく分からないが、我が輩が聞いた方々の作家先生の体験談を総合する限り、ちょうど中間ぐらいであろう。
  十一、二歳頃にシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンに傾倒したことがある作者だが、中学に上がってからはもっぱら軍事系の小説・ノンフィクションを読み漁っていた。
  冒険物のミステリからミリタリーへの転向には、少々説明を要するであろうが、作者の場合、これは比較的簡単なことである。まず、当時放映されていたアニメの影響で、作者は兵器に興味を持つようになった。そのままなら、作者はそこら中に腐るほどいる兵器オタク(失礼!)のままで終わっていたであろう。だが、作者が少々違うのはここからだ。というのも、この時期、アメリカの対テロ戦争が始まったのだ。
  学校はもちろん、テレビや映画でも、作者は戦争が悪いことであると繰り返し教わっていた。そこにいよいよ戦争が始まった。
  さて、大人達はどうするのかと、まだ幼かった作者は目を輝かせながら見ていた。きっと、反戦デモに行くんだろう。もしかしたら、戦地まで行って、人間の盾になりに行くかもしれない、とさえ思った。
  ところが読者諸氏もよくご存知の通り、大人達は何もしなかった。教師は授業を続けるし、親は仕事に行くし、お店だって開いている。
  作者は唖然とした。いや、今でもしている。お前ら、あれだけ戦争は良くないと言っていたではないか。
  まあでも、大抵の(まともな)人間なら、そんな状況にも折り合いをつけて生きていくのではなかろうか。遠い異国の戦争なんか関係ないとでも言って。
  だが、我が輩の作者は可哀想な人である。幼いなりに、この事象を研究しようと思ったのだ。その少し前ぐらいから、作者は地元の図書館に「軍事」の棚があるのを見つけ、そこの本を片っ端から読むということを始めていた。最初は先述した通り、兵器に対する興味の延長であった。だが、そのうち、ある本の冒頭に、こんな言葉を作者は見つける。
「戦争が人類の病気であるなら、我々は病気を治療するために、戦争を研究しなければならない」
  この言葉には大いにうなずけると作者は思った。大人達は、戦争がいけないことであるとあれだけ言っているのに、止めようとしない。止められない。その戦争とは、一体いかなるものなのか。是非とも研究してみたい……そう思ってしまったのが、運の尽きである。
  この他にも二つ、後の作者の人生に多大な影響を与えた出来事がある。
  一つは神林長平先生の傑作SF小説「戦闘妖精・雪風」との出会いである。戦闘機が出てくる小説だと聞いて買ったのだが、当時の作者は戦闘機小説にとどまらないその面白さに興奮すると共に……なぜか、こんな勘違いをしてしまった。
「これなら、自分にも書けそうだ。書いてみたい」
  日本SF界に君臨する大作家と洟垂れ小僧の自分を比べるとは、我ながら恐れ多いことをしたものだ、と作者は振り返る。だが、作者はあんまり、当時の自分が恥ずかしいとは思っていない。小説を書き始めるきっかけとしては良かったと思うし、書き始めてすぐに「無理だ。神林先生と同じものなど書けない」と気づくことができたからである。しかし、その頃にはもう、おぼろげながら自分が書きたい物が見えてきていたので、作者は小説を書き続けた。
  もう一つ、作者の人生を変えた出来事として、この時期に経験した大失恋があるのだが、それについては、我が輩がどうこう言う立場にない。もし作者が大成したならば、作者自身から語られることもあるかもしれない(営業トークである)。