その会戦からしばらくして、僕たちの間に、こんな噂が流れ始めた。
 それは、あの伝令兵の彼が、実際は任務を放棄したのではないか……つまり、彼は弾丸が飛び交う中、上級司令部に向けてひた走るのが怖くなって、どこか手近な穴ぼこで身を縮めていたのではないか、という噂だ。
 その噂が隊の全員に広まるにつれ、彼を公然と罵倒する兵士が出始めた。大勢死んだのはお前のせいだ、俺もお前のせいで死ぬところだった、この臆病者……。その後の会戦でも、戦闘の一番激しい時期に、彼が上官に命じられて後方の司令部に向かって走り出すことが多かったものだから、彼を臆病者と罵る者は後を絶たなくなった。新聞のプロパガンダで、高級将校は決して前線の兵士たちを見捨てたりはしない、と盛んに喧伝されていた(僕の知る限りこれは真っ赤な嘘である)ことも、事態を悪くした。
 中隊長がしょっちゅう戦死なり戦傷なりで交代するせいで、新任の彼らが部隊の雰囲気をなかなか掴めず、そのせいで噂が広まった後も彼が伝令兵でい続けることになってしまったのは、まったく彼にとって不幸なことだった。
 元々、彼は気弱な立ちだったが、一時期、伝令兵に命じられたばかりの頃の彼の横顔には、精悍な軍人のような面差しを感じないこともなかった。だが、戦友たちの罵倒の中に身を置かれると、彼の生来の悪いところが再び顔を出したらしかった。いつしか、彼の表情からは誇りと情熱が失われていき、卑屈と虚弱がそれに取って代わった。そんな彼を、戦友たちはますます痛罵した。
 いつしか、会戦の最中、後方に走る彼の表情からは、あの使命感は消え失せ、諾々と言われたことを実行するだけの、無味乾燥とした無表情だけが現れるようになった。彼が援軍を呼びに行ったことは、それから何度なくあったが、一度として援軍が来た試しはなかった。だから、ますます彼は戦友たちのやり玉に上げられた。悲惨な戦場に身を置かれ、精神が荒廃した男たちの、不満のはけ口になった。
 僕は、少なからず彼の境遇に同情した。彼が善良で正直な人間であることを、僕は知っていた。僕は、彼が誠実に任務を果たしたことを疑わなかったし、戦友たちも、本当は真実を知っていたはずだった。
 だが、僕が、伝令兵の彼が置かれた不幸な状況を、どうこうしようとすることはなかった。言い訳をさせてもらえば、当時は僕だって、自分の命を守るだけで精一杯だった。いつ銃弾に倒れるとも分からない最前線で、負傷して動けなくなった自分を助けてくれるかもしれない戦友から、わざわざ不興を買うなんて、恐ろしくてできなかった。
 しかし、最近になって、僕は、当時の自分を正当化できるかどうか、思い悩むことがある。
 そんな時、僕は自分を守るため、こう言い聞かせることにしている。
 そういう時代だった、と。