僕たちは前線に送り出された。それは、何回目かの会戦の時だった。
 僕たちは、掘った穴を線状にして繋いだ、塹壕にこもっていた。この塹壕が描く線がいわゆる戦線であり、僕たちが守るように命じられているものであり、同時に、僕たちの命を守るものでもあった。
 その日、僕たちの塹壕は、敵の猛攻撃を受けていた。降り注ぐ砲弾の雨のほとんどは、塹壕の中で首をすくめていればやり過ごせたが、それでも稀に、塹壕を真上から直撃する弾があった。そうした一撃を受けた区画の様相は、酸鼻を極めた。その悲惨な死に方から逃れる方法は、僕たちには与えられていなかった。強いていえば、ただ一つ、幸運に恵まれること(不運に見舞われないこと)しかなかった。僕たちの部隊には、戦前は学生だった者、靴屋だった者、肉屋だった者、事務をしていた者、大道芸で生計を立てていた者など色々いたが、そうした人々が皆、不運だったという理由だけで死んでいくのであった。そういう時代だった。敵はありったけの砲弾を僕たちの頭上に注ぎ込んでくれたので、そうした「稀」な出来事は、この日「時々」か「しばしば」ぐらいに起こった。
 不意に、砲撃が止んだ。しかし、本当に恐れるべきはそこからだった。砲撃の爆音に代わって、噴煙に包まれた前線の向こう側から、男たちが大声を上げるのが聞こえてきた。歩兵の突撃が来るのだ。
 僕たちは塹壕の上から頭と腕だけを出して、小銃を構えた。機関銃の銃手も配置につく。
 前線の地面は、あちこちが砲撃でえぐられて、でこぼこで、緑の草が吹き飛ばされたせいで茶色一色に覆われていた。もっとも、これはついさっきの砲撃でこうなったのではなく、僕たちがこの前線に到着した時から大体そんな感じなのであった。僕は、戦線に到着したばかりの時期、戦前の地図を持っているという士官から、ここはどうやら麦か何かの畑だったらしい、と聞いていた。僕は、この士官はどうしてそんなことを言うのだろう、と思った。確かに、戦争が起こる前、ここには農民が暮らしていて、毎年、麦か何かの作物を育てていたのかもしれない。が、兵隊である僕らにとっては、そんなのは何の関係もないことだった。そういう時代だった。
 突撃してくる歩兵たちが見えた。皆、鉄帽を被り、手に手に銃を持った男たちだった。彼らの持つ銃の先端には漏れなく銃剣が装着されていて、それが時々、陽の光を受けてきらめいていた。銃剣というのは、要するに銃口の下に取り付ける長いナイフのことである。兵士たちは上官からこのように言われている。運良く敵の塹壕の中に飛び込めたら、その長いナイフを、敵兵の胸にずぶりと突き立ててやれ、と。実際にそうするかは彼次第ではあるが、やらなかったとしたら、逆にやられるだけであろう。僕らの銃にも、銃剣は着いていたのだ。そういう時代だった。
 そういう白兵戦は誰もが嫌だったので、僕たちは銃の狙いをつけ、撃った。でこぼこの地面を走って向かってくる男たちは、穴の中から頭と腕だけを出している男たちに、次々と撃ち倒されていった。一般兵が持つ小銃は、一度に一発ずつしか撃てないため、えらく心細かったが、塹壕のあちこちに配置された機関銃は、僕たちにとってこの上なく頼もしかった。僕たちがたった一人を相手にするためにえっちらおっちら銃のレバーをいじっている間も、機関銃は切れ目ない射撃で、同時に数人の男たちを、なぎ払うように撃ち倒していく。もっとも、僕たちの上官が発狂したら(もしくは既に発狂していたら)、僕たちは逆の立場に立たなければならない。そういう時代だった。
 大抵の突撃はそれで防げるのだが、この日はそうではなかった。敵の歩兵の数が、いつもよりずっと多かった。それも、一度だけでなく、何度もやってきた。僕たちは押され始めていた。波状攻撃の合間に休憩していたら、隣の塹壕では、飛び込んできた男たちとの殴り合いになったという話が聞こえてきた。そこで食い止めてもらえたからよかったが、もし侵入を許していたら、僕たちは塹壕を通って横から殺到してくる男たちと戦わなくてはならないところだった。またその頃には、銃撃を受けて負傷する仲間も、何人も出始めていた。
 中隊長が、あの伝令兵の彼に声をかけたのは、そんな時だった。中隊長は彼に、後方の上級司令部まで行って、援軍を要請してきてくれ、と言った。僕を始め、周囲の兵隊たちは、食い入るような目で彼を見ていた。彼は大役を命じられて緊張しているようだったが、その顔には、重責に押しつぶされそうになる不安よりも強く、誇りと使命感とが刻まれていたように、僕は記憶している。
 彼が後方に向かって走り出してすぐ、この日何度目かの突撃が始まった。この突撃はことのほか激しく、僕たちは塹壕のすぐ手前まで接近を許し、多くの死傷者を出したが、何とか持ちこたえた。
 さらに二度の突撃を撃退する合間、僕たちは、頭上を飛び去っていく銃弾や、顔が見えるほど近くまで迫ってくる、着剣小銃を持った男たちを前にして、幾度もくじけそうになった。しかし、その度に、士官を中心にこう励まし合った。すぐにあの伝令兵が戻ってきてくる。援軍を連れて。だから、それまで持ちこたえよう、と。
 四度目の突撃を退けた後、ついに伝令兵は戻ってきた。
「援軍は?」
 目を血走らせながら、中隊長が彼に聞く。
 すると、彼は直立不動の姿勢で敬礼し、こう答えた。
「上級司令部に援軍要請を伝えましたが、援軍は出せない、現有兵力で持ちこたえよ、とのことでした」
 最初に中隊長が、ついで僕たちが、顔から血の気が引くのを感じた。援軍は来ず、後退命令も出ない。これでは、死ねと言っているようなものではないか。
 実際、この戦いで多くの仲間が死んだ。
 弾薬が尽きかけて、生き残った僕たちが、前線とは逆方向に突撃をしかけることを真剣に考え始めた頃、ようやく敵の攻勢が止み、僕たちは命拾いをした……既に戦いの中で事切れていた、中隊の半数を除いて。