messenger多くの若者が戦場に行ったあの時代。男たちの多くは英雄と呼ばれもてはやされたが、一部にはそうでない者もいた。僕と同じ中隊にいた、一人の伝令兵も、そんな男だった。


 

 

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2015年10月

ノンジャンル

短編

4ページ

 

 

 僕たちがまだ若かったあの時代、僕たちは戦争に行ったが、それは当時としては、珍しくも何ともないことだった。むしろ、大した理由もないのに(時には、ちゃんとした理由があったとしても)銃後にいる男たちこそ珍しくて、馬鹿にされたものだった。そういう時代だった。
 とはいえ、戦争に行った男の皆が皆、英雄として讃えられたかというと、決してそうではない。僕の中隊にいた伝令兵というのも、そうした男の一人だった。
 この伝令兵は、戦前はラテン語の学生だったとかいう、弱気でなよなよした性格の男だった。色白で背が低いという外見は、彼を見る者にその内面の弱さをいっそう強く印象づけるようで、練兵所でも、周囲の兵から軽んじられがちな男だった。僕が少し話した限り、彼は学問がなかなかできるようではあったが、それは一兵卒の身では大した自慢にはならなかった。
 穴を掘る訓練というのがある。戦争に詳しくない人は意外に思われるかもしれないが、兵隊、とりわけ歩兵というのは、まず何よりもスコップで穴を掘る技術に長けていなければならない。掘った穴に身を隠すことをせず、平野の真ん中にぼけっと突っ立っていたら、あっという間に大砲の弾で粉々にされてしまうか、機関銃で蜂の巣にされてしまう。そういう時代だった。だが、穴に隠れることさえできれば、びっくりするぐらいに、そうした死の危険を減らすことができるのだ(後述するように、ゼロにはできないのだけど)。
 確かに、銃の扱いに秀でていれば、敵をより多く殺すことができるかもしれない。しかし、まずはスコップの扱いを覚えて、掘った穴に隠れて自分の命を守ることができなければ、他人の命のことを考えるどころではないのだ。たとえ、その穴が自分の墓穴になるかもしれない、と分かっていたとしても。
 件の伝令兵は、どうもこの穴掘りが不得手だった。銃はもっと不得手だったが、それはある意味、大した問題ではない。穴掘りの不出来の方がずっと深刻だった。僕を始め、周囲の幾人かの兵隊が、彼に手を貸してやって、コツを教えてやろうとしたが、彼はかなり覚えが悪く、皆は苛立っていた。ペンとはだいぶ勝手が違ったのだろう、と僕は思う。
 だがそれでも、練兵所を出る頃には、彼の穴掘りはだいぶ上達していた。僕たちはそれを見て安堵し、同時に誇らしさを覚えた。
 彼が伝令兵に任命されたのも、この頃だ。彼を任命した士官によれば、彼は生真面目で実直で、言われたことをよく守る。そうした性格は伝令兵にうってつけなのである、とのことだった(ついでに言えば、彼はスコップの扱いこそ不慣れだったものの、身体は平時からそれなりに鍛えていた)。ただ、下級の兵隊の間では、彼の生真面目さは融通の利かなさであるとして、何かと腹立たしい思いをする者の方が多かったから、僕らは「へえ、士官の目から見ると、そうなるのか」などと、複雑な気持ちを抱いたものだった。
 とはいえ、伝令兵は危険な任務であるからして、士官たちが彼の勇気を認めたのは確かだった。下級の兵の間でも、彼は気弱なたちだとは思われていたが、臆病だとまでは思われていなかったから、この時はこの任命に対して、特に反感を覚えたりすることはなかった。
 いまにして思えば、この時が、彼の絶頂期だったのかもしれない。