*一時間後……首都のとある警察署にて

 

「だから、さっきから何度も言っているだろう! 私は犯罪者なんだ! 逮捕してくれ!」
 さっきまで大統領だった男は、署長室に通され、応接用の豪華なソファに座りながら、自分を逮捕しろと叫んでいた。向かいのソファに腰掛けた警察署の副署長の顔には、露骨に困惑の顔が浮かんでいた。
「ですから、あのですね、大統領閣下、」
 副署長が頭をかきながらそう言いかけると、大統領だった男は口を挟んだ。
「副署長。私はついさっき、大統領を辞任してきたんだ。もう大統領じゃない」
「あ、はい、分かりました。では、元大統領とお呼びします」
 副署長はあっさりうなずきながら、話を続ける。
「ですがね、元大統領。一体、あなたが何をしたというんです?」
「君はテレビの演説を見なかったのか」
「見ましたよ」
「なら、あそこで言ったとおりだ。私には市民射殺、銃乱射、プライバシーの侵害、そして戦争犯罪と、主なものだけでもこれだけの罪状がある。他にも細々したことを計算に入れていけばきりがない。私が犯罪者であることは疑いの余地がないじゃないか」
「いや、さっきから何度も言ってますけど、あなたがやったわけじゃないでしょう、それは」
「確かに、主犯ではない……しかし、何度でも言うが、間違いなく、私も共犯者だ。だから、それに相応しい罰を受けるべきなんだ。なのに、なぜ逮捕しない?」
「いや、なぜって、あなたねえ……そんなことで大統領を逮捕できるわけないじゃないですか」
「そんなこととはなんだ! 人々の命が失われているんだぞ!」
「いや、確かにそれは大事ですよ。でも、だからといってあなたを逮捕してどうなるんです? 大体、そんなことで大統領を逮捕していたりしたら、この国の大統領の任期は三ヶ月になっちまいますよ」
「何てことを言うんだ。君は、失態の責任をリーダーが取るべきだとは思わないのかね?」
「お覚悟は結構なんですがね……実際にやるとなるとねえ……」
「君では話にならないな。署長はさっき出て行ったきりだが、どこに行ったんだ?」
「署長は、とある重要な問題について検討するために、とある重要な方々との会議に出席しています。正直な話、私としても早く署長に戻ってきて欲しいんですが……」
 その時、噂をすれば影、とばかりに、署長室のドアが叩かれ、間髪入れずにドアを開けて署長が現れた。
「署長!」
 副署長はそれを見ると晴れやかな顔になって立ち上がり、渋面を作った署長の下へと駆け寄っていった。
「で、どうなりました?」
「うむ……」
 そこから先は小声だったので、二人の会話の内容は、元大統領には聞こえなかった。
 会話を終えて、副署長が振り返った時、その顔には困惑も笑みもなく、ただ淡々とした無表情だけがあった。
「元大統領。お車の用意が出来ましたので、お越しください」
「車というのは、護送車ということかね? 私は拘置所に連れて行かれるのかな?」
「……ええ、まあ、そのようなものです」

 

「何だこの車は!」
 警察署の地下駐車場で車に乗せられそうになった時、元大統領はそう叫んだ。
「何でしょう、元大統領……?」
「何でしょうじゃない! これは、大統領専用のリムジンじゃないか!」
「……元大統領、それが何か?」
 署長が面倒くさそうに聞くと、大統領は声高に主張し始めた。
「何度も言わせないでくれ! 私はもう大統領ではない! この車に乗る資格はないんだ! 警察のパトカーはどこだ? パトカーの後部座席に乗せてくれ。両隣には屈強な刑事を乗せるんだ。凶悪犯を護送する時みたいにな!」
「……頭がおかしくなっても、人からどう見られるかを気にするところは変わらないんですね」
「政治家の本能というやつかな」
「何の話だ?」
「いえ、何でもありません」
 副署長と署長は、内緒話を切り上げると黙って元大統領の言うとおりにした。パトカーに乗る時、大統領は、手錠はどこだ、手錠をかけてくれと要求したので、それも叶えられた。