大統領は緊急演説を行い、辞任を発表した。だが、辞任の理由は「自分が凶悪犯罪者であることに気づいたから」という驚くべきものだった。
会見のすぐ後、警察署に自首しに行った大統領。しかし、警察はなぜか彼を逮捕しようとしない。これは一体、どういうことなのだろうか。
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2015年9月 |
ノンジャンル |
短編 |
4ページ |
*ある日の夕方……ニュース番組にて
「えー、番組をご覧の皆さんに、お知らせがあります。この後、午後七時より、大統領が緊急の演説を行うことが、官邸より発表されました。
しかし、我々報道各社は、大統領演説の内容について、未だ知らされておりません。視聴者の皆様には初耳かもしれませんが、これは極めて異例のことです。大抵の場合、大統領演説の内容は事前に報道各社に通達されます。しかし、今回はそれがない。そうすると、演説の内容がとても気になるところです。この大統領演説は、極めて重要な内容になることが予想されます。
本日はたまたま、現代政治がご専門のブルックス教授にゲスト出演していただいておりますので、意見を伺ってみたいと思います。
ブルックス教授、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「さて、単刀直入にお聞きしますが、異例の緊急演説であることと、我が国が置かれている現在の状況とに鑑みまして、今回の大統領演説はどのような内容になることが予想されるでしょうか?」
「そうですね……大統領官邸が抱える直近の課題としては、警官による市民射殺事件や、西部地域で立て続けに発生した銃乱射事件、あるいは情報機関による国民への過度な監視の問題などが挙げられると思います。しかし、これらの国内問題は今のところ、緊急の演説が必要とされるとは思われません。よって、大統領演説の内容は、国外の問題、その中でも特に、中東地域で進行中の戦争に関する内容なのではないかと思われます」
「ありがとうございます」
*そして午後七時……大統領官邸
記者会見場に入室してきた大統領は、堅い表情のまま、演壇に向かい、臨席した記者たちを一望してから、口を開く。
「皆さん、今回は緊急の演説にも関わらず、ご臨席いただきありがとうございます。異例の形となってしまいましたが、しかし私にとって、いえ、我が国にとって極めて大事で、かつ緊急の内容だと判断したために、この形をとることといたしました。ご静聴いただければ幸いです。
結論だけ先に述べさせていただくと、私は本日、大統領の職を辞する決意を固めました(記者席から大きなどよめきが起き、次いでカメラのフラッシュが一斉にたかれる。大統領は構わず演説を続ける)。
辞任の理由は、私が大統領という、高い資質を求められる栄誉ある職に相応しくないと考えたからです。これから、その詳細を述べさせていただきたいと思います。
私は、有権者の皆様に選出していただき、大統領に就任しましたが、就任後、その職務を遂行する中で、自分はこの職に相応しくないのではないか、という疑いを、日に日に高めていきました。
中でも、私が自分に対する疑念を深めるきっかけとなった、特に大きな出来事をいくつか挙げたいと思います。最初は、警官による市民射殺事件でした。この事件が起きた時、警官の職務遂行は適切だったのかと、疑問に思う声が多く上がりました。私もまた、我が国の有権者の代表であり、行政の長である人間として、少なからぬ責任を感じました。しかし、当時の私にできたことは、警察と市民、双方に冷静であることを求めることだけで、私は無力感を覚えました。
次に私が後悔したのは、西部地域における銃乱射事件の時でした。あの時私は、銃規制をもっと強く推し進めていれば、犠牲者は出ずに済んだのではないかと、激しい後悔に襲われました。しかし、実際に私にできたことは、銃規制の強化を検討すると発表するだけで、実際の規制強化までこぎ着けることは、ついにできませんでした。
内部告発によって発覚した、情報機関による国民への過度な監視の問題もそうです。私は当時も今も、情報機関から情報の提供を受けていますが、その情報が、あのような、国民の意に反する形で行われているとは、知らなかった。いえ、しかし、知らなかったではすまされません。大統領である以上、私にも責任があるのです。
……そして、最終的に私に大統領辞任の決断を下させたのは、中東で進行中の戦争でした。私は先日、テロリスト掃討のために、無人機による空爆を強化するよう命令を出しました。本心を言えば、そんな命令は出したくなかった。しかし、この命令を出さなければ本土が危険にさらされるという、軍部の強い意向に押し切られてしまったのです。結果として、この命令は間違っていました。私が出した命令によって行われた空爆によって、誤爆が起き、罪のない大勢の市民が犠牲になってしまった……ええ、もちろん、こうしたことは戦争にはつきものですし、この戦争においても、これまで何度となく繰り返されてきたことです。しかし、皆さんには信じてもらえないかもしれませんが、私は、こうした誤爆の報告を受けるそのたびに、繰り返し心を痛めてきました……そしてつい先日、私は良心の呵責に耐えきれなくなってしまったのです。
ですから、私は大統領の職に相応しくないと考えました。
いえ、それだけではありません。私は大統領ではないばかりか、犯罪者であると、今では思っています。
警官による市民の射殺に始まり、銃乱射事件、過度な監視の問題、戦争の問題……全ての問題の最終的な責任は、結局のところ、この国のリーダーである私にあります。言い換えれば、私は市民を射殺し、銃を乱射し、国民のプライバシーを侵害し、そして、罪もない人々を誤爆によって殺害してしまったのです……。
皆さん、こんな私が、犯罪者でなくて何でしょうか?
私はこれから、警察署に行って自首するつもりです。だって、犯罪者なんですからね。犯した罪は消せませんが、せめてもの償いとして、自首することにしたのです。
演説は以上です(大統領、声を上げる記者たちを尻目に、会場を後にする)」
この様子を中継していたニュース番組のキャスターと、ゲストのブリックス教授は、次のような反応を示した。
「……」
「……」