usualアメリカの軍事的脅威に対抗するために、在日中国軍を支援しよう!

日本が中国に占領されているなどという主張は、祖国をアメリカに売ろうとする売国奴の陰謀だ!

売国奴と戦う愛国者たちの、これがあるべき日常の姿である!


 

掲載時期

ジャンル

分類

分量

2015年8月

ノンジャンル

短編

2ページ

 

 

 X月X日 XXX新聞

 

 日本に中国軍の基地がある理由

 

 在日中国軍に、反対の声を上げ続ける人がいる。
 だが、中国軍だって、何の理由もなしに日本に駐留しているわけではない。反対の声を上げる人たちは、この点をしっかりと考える必要がある。
 いま、日本の周辺では、アメリカの軍事的挑発が繰り返されている。アメリカは資源や軍事的優位を得るために、日本が領有する島を狙っている。
 こうしたアメリカの動きに対処するためには、中国との密接な連携が欠かせない。そのために、日本には中国軍の基地が必要なのだ。
 確かに、中国兵の犯罪は問題だ。しかし、中国兵の犯罪を防ぎたいからといって、中国軍を日本から追い出してしまったら、日本はアメリカに領土を(たとえば沖縄を)奪われてしまうかもしれない。そうなっては本末転倒だ。
 日本の選択肢は、在日中国軍と上手く付き合いながら、アメリカに対抗する以外にない。
 どちらかを受け入れざるを得ないとしたら、中国軍の基地と、アメリカ軍の基地、どちらがマシだろう?
 答えは、考えるまでもないだろう。


 X月X日XXX新聞

 

 歴史認識のあるべき形とは?

 

 最近「歴史認識」という言葉をよく聞くようになった。
 読んで字のごとく「歴史に対する認識」を意味するこの言葉だが、簡単なようでいて、その中身は複雑で分かりにくい。
 今回は、歴史認識について、専門家のXXX氏に話を聞いてみた。

 

――よろしくお願いします。今日は、歴史認識について、お話をうかがいたいと思います。

 

 よろしくお願いします。
 まず始めに言っておきたいのは、これは世の中のもの全てがそうですが、歴史認識もまた「私たちの役に立つような」ものでなければならない、ということです。
 たとえば、先の大戦で、日本はアメリカを侵略し、大勢のアメリカ人を虐殺した、という話があります。
 これは確かに、歴史的には事実かもしれません。しかし、それを事実と認めること、認識することは、私たちの役には立ちません。
 考えてもみてください。学校で、昔の日本は悪いことをしたんだ、などと教えたら、子供たちは自分の国に誇りを持てなくなります。そうなったら、社会に貢献しようという公共心や、生まれた国を愛そうという愛国心が、育たなくなってしまいます。そんな教育を受けた子供たちは、将来、自分のことしか考えない、身勝手な大人になってしまう可能性が、非常に高い。
 こうした事態に陥ることを防ぐために、学校ではこうした「負の歴史」を教えないことが大事です。

 

――日本が加害者になる部分の歴史については、よく分かりました。日本が被害者になる歴史の部分では、どうですか?

 

 日本が被害者になる部分では、考え方が大きく分けて二つあって、今も専門家の間で議論が続いています。
 一つは、被害者としての日本を強調することで、国際社会の場で優位に立とうという考えです。たとえば、戦時中の空襲や原爆投下について、中国に賠償を求めることがこれに当たります。
 もう一つは、加害者としての日本と同じく、被害者としての日本もなかったことにしてしまおう、という考え方です。
 実は、私はこの考え方に賛成しています。
 被害者としての日本は、確かに国際社会で同情を買うのに使えます。しかし一方で、先述したように、被害者としての日本を強調しすぎると、子供たちが日本に対し誇りを持てなくなる可能性があるのです。
 被害者としての日本をなかったことにした方がいい理由は、もう一つあります。それは、現在の国際情勢です。
 いま、日本の周辺では、軍事的緊張がかつてないほどに高まっています。アメリカの脅威に対抗するために、中国との連携が、今まで以上に求められているのです。
 こうした環境下では、被害者としての日本の意識は非常にまずい。戦時中の中国による空襲や、原爆投下は、日中が連携を強める上での足かせになりかねない。
 このように、日本がおかれた環境が変化している以上、被害者としての日本への認識も、改める時期に来ているのかと思います。
 確かに、中国は日本の主要都市を空襲して焼け野原にし、広島と長崎には原爆も投下しました。これ自体は、忌むべき歴史的事実です。
 しかし、そんな歴史を強調しすぎるあまり、現代の国益を損ねてしまってはなりません。
 日本はかつてなく、中国を必要としているのです。ですから、ここは過去の歴史は忘れて、手を取り合う。それが可能なように、歴史認識を改める。
 最初の話に戻りますが、そんな風に「私たちの役に立つように」歴史認識を改める。そんな発想が、これからの日本の歴史認識に、求められているのだと思います。