そういうわけだから、私のヘルマンに対する思い入れは、並々ならぬものがあった。
 ゴールデンウィークの前半。私は、学校がないとこうも自分の人生は退屈なのかと打ちのめされていた。かといって、学校が早く始まって欲しいとも思わない。何とも嫌な感じだった。
 でも、あの朝、ヘルマンと目が合ってから、私の人生は変わった。私がこの子の親にならねばならないのだと思うと、全身が燃えるように熱くなった。考えるより先に、身体が動きそうだった。それは、今まで決して味わったことのないような、快感を伴っていた。
 ヘルマンとの出会いは、私の人生を変えてくれるのだと思った。疑いようもなく、良い方向に。


 ペットショップから帰宅すると、玄関の戸を開け閉めする音に反応して、ヘルマンはまた鳴き始めた。
 もう少し待ってろよ、いまミルクを作るから……そう言ってヘルマンの頭を撫でながら、私は思った。自分は試されているのかもしれない……ヘルマンは幸運を呼ぶ猫で、この猫を上手く世話できれば、自分の人生に幸運が訪れるのではないか、と。我ながら自意識過剰だと思った。赤ちゃん猫の世話は難しい。本当に猫のためを思うなら、今すぐ近所の動物病院に連れて行った方がいいのだ。それをせずにあくまで自分の手で世話をしようとするのは、人間のエゴではないのか。
 それでも、私はやれるところまでやりたかった。

 作ったミルク(猫の体温と同じ温度まで温めたもの)をほ乳瓶に入れて、私は吸い口をヘルマンの口の前に突きだしてみた。だが、ヘルマンはみゃあみゃあと鳴くばかりで、自分から吸い付こうとはしない。なので私は、彼がみゃあと鳴く時に口を開くのに合わせて、開いた口に吸い口を突っ込んでみた。すると、ヘルマンはくちゃくちゃと音を立てて飲み始める。
 やった、成功だ……と、私は思ったが、ヘルマンはすぐに吸い口を吐き出してしまった。
 お腹が空いていないはずはなかった。私は試しに、人差し指をミルクに浸して、ミルクがぽつぽつ滴り落ちるその指を、ヘルマンの口の前に差し出した。
 すると、ヘルマンは熱心に私の指にむしゃぶりついて、ミルクを舐め始めた。弱々しく指をくわえる感触が、私に伝わってきた。ヘルマンはまだ乳歯も生え揃っておらず、痛くはなかった。
 指を熱心にしゃぶるヘルマンの様子を見て、やはりお腹は空いているのだ、と私は確信する。
 となると、ほ乳瓶に何か問題があることになる。ほ乳瓶の注意書きには、必要なら吸い口の穴をハサミで切って広げるように、と書かれていたので、私はそのようにしてみた。
 そして再び、ヘルマンの口の中に吸い口を差し入れると、ヘルマンは前よりもずっと熱心に、そして長く、ミルクを飲み続けた。
 私の試みは奏功したのだと分かった。それまで、赤ちゃん猫をちゃんと世話できるか、不安だった私の中で、目の前を覆っていた霧が、さあっと晴れていった。

 

 食事の次は、排泄の手伝いをしてやらねばならない。そこで、私がヘルマンを膝の上に乗せて、濡れたティッシュで彼の尻をこすっていると、母がやってきて、それでは汚物が服についてしまう、と言った。
 私としては、そういう心配をするのは実際に汚物が出てきてからでいいと思った……現に、ヘルマンは私の手助けがあっても、上手く排泄してくれなかった。
 すると、見かねた母は、使い古したタオルを持ってきて、私の横に座った。そして、膝上にかけたタオルの上で、ヘルマンを抱きかかえ、私から受け取ったティッシュでヘルマンの尻を拭き始めた。
 それを見て、私は不思議に思った。母はヘルマンを飼うことに反対している。未だに、親猫が迎えに来るはずだと言い張っていた。なのに世話はするのか、と。
 母は、根はいい人だが、冷たいのか温かいのか分からない。昔から、そんなところがある人だった。
 結局、ヘルマンは糞尿を一滴もこぼさなかった。元気なように見えて、出るものが出ないほどお腹が空いていたのかもしれない……そう思って、私と母は、ヘルマンを段ボール箱の中に戻した。