猫嫌いの母との話し合いは、平行線に終わった。母は、私が子猫を飼おうと言い出すと、親猫が迎えに来るだろうからと言って、子猫を元いた場所に放り出そうとさえした。子猫を拾ってきたのは母だったはずなのだが。おそらく、そのあたりの母の心理は、今後、我が家の永遠の謎として、語りぐさになることだろう。
 ただ、私が強硬に言い張ったら、母もいくらか譲歩して、親猫が迎えに来るまでという条件付きで、家で私が世話をすることを認めてくれた。私としてはそれで納得したわけではなかったが、母のことは時間をかけて説得しよう、というつもりでいた。
 話を聞いた弟は、さして興味もなさそうではあったが「俺は引っかかれるんだろうなあ」とぼやいた。それに対し、私は言った。お前が小さい頃に猫に引っかかれたことを根に持ってるのは、お前の逆恨みだよ、だって、あの時は、猫のひげを引っ張った、お前が悪いんじゃないか。

 

 私は、どうもオスらしい赤ちゃん猫(睾丸らしき膨らみがあった)に「ヘルマン」という名前をつけた。ドイツの文豪から拝借したものだ。もしメスだったら、女性形の「ヘルミーネ」と名付けるつもりだった。
 ヘルマンという名前は、弟からは「地獄から来た男のようだ」と不評で、母に至っては猫はあくまで「ネコ」と呼び、決して「ヘルマン」とは呼ばなかったが、私はじゃあまた今度、みんなの案を聞く機会を設けるけど、とりあえずはヘルマンはヘルマンだと言った。
 さて、ヘルマンの世話をせねばならない。時はゴールデンウィークのまっただ中。時間はたっぷりあった。
 私はネットで調べた近所のペットショップに電話して、子猫用のミルクとほ乳瓶の在庫があることを確かめてから、自転車で出かけた。ペットショップは非常にややこしいところにあって、見つけるのは骨が折れた。ミルクとほ乳瓶の代金は、私の小遣いから出した。でも、家でお腹を空かせて待っているヘルマンのことを思えば、何としてもやり抜かなければという使命感が沸きこそすれ、嫌だな、やりたくないなという倦怠感は、ちっとも感じないのであった。

 

 今さら言うまでもないだろうが、私は猫が好きだ。
 理由は特にないけれど、たまに見かける「猫好きな人の特徴」というのを眺めていると、私に当てはまることが多くて、まあたぶんそういうことなのかなとぼんやり思う。
 ああ、でも、そういえば、理由と言えば理由っぽいものが一つある。
 私は幼い頃、よく野良猫と遊んでいたのだ。
 庭に生えている木の周りを、ぐるぐる回って遊んでいる、よちよち歩きの私と野良猫の写真が、昔のアルバムに残っている。私の記憶にも、おぼろげながら、猫と遊んだ記憶が微かに残っている。
 当時は母も、今ほど猫嫌いではなかった。さすがに猫と遊ぶ私から目を離すことはなかった(と思う)ものの、幼い私の遊び相手になってくれる野良猫の存在を、母はむしろ有り難がっていたようだ。
 こんな話を聞くと「何の得にもならないのに、野良猫が人間の子供と遊んだりするのか?」とお思いになるかもしれない。いや、全くその通りだ。この話にはちゃあんと裏があって、実は、私の遊び相手をした野良猫は、見返りに母から餌をもらえるシステムになっていたのである。まあ、これはこれで驚かれるような話かもしれないが。
 しかし、いつの間にか、私は野良猫と遊ばなくなっていた。理由はよく分からないというか、覚えていないが、私の身体が大きくなって、野良猫が怖がるようになってしまったとか、私の遊び相手をしていた野良猫がどこか遠くへ行ってしまったとか、色々考えられる。もしかしたら、弟が猫に引っかかれた一件が大きかったのかもしれない。
 もう少し大きくなると、私は猫を飼いたいと言い出したが、母は聞き入れなかった。理由はこちらも、よく分からない。
 ところで、まだ野良猫と遊んでいた頃の幼い私は、一体のぬいぐるみを持っていた。それは猫のぬいぐるみで、茶色っぽい縞模様の毛色は、私が遊んでいた野良猫とそっくりだった。おもちゃ屋の店頭で見つけた私が、親にねだって買ってもらったものだ。
 そのぬいぐるみは、今も私の部屋にある。そのぬいぐるみと、ぬいぐるみに付随した記憶だけが、私と猫を結ぶ、数少ない接点だった。
 あの日、ヘルマンが家にやってくるまでは。