stray_cat_herman猫嫌いの母が、子猫を拾ってきた!?

 

そんな驚くべき出来事から、私の、忙しくも充実した一日が始まる。

 

私の願いは一つだけ。どうかこの子猫が、無事に育ちますように。



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2015年5月

ノンジャンル

短編

5ページ

 

 

 ある朝、私が二階にある自室で目を覚ますと、猫の鳴き声が聞こえた。
 私の自宅は、閑静な住宅街の一角にある。野良猫の鳴き声は珍しいものではない。ただ、その日は何かが違った。鳴き声はとても幼い感じがして、大人の猫が喧嘩をする時とは、全く違っていた。
 何よりも、鳴き声は、妙に近くから聞こえてくる気がした。たとえばそう、まるで、家の中から聞こえてくるかのようだった。
 変だなとは感じたが、まさか家の中に猫がいるはずがないと思い、私はいつもの日課通り、布団をたたみ、締め切っていた窓を開け、着替えた。だが、その間も、鳴き声は止まない。もう一分以上鳴き続けているようだった。普通ならあり得ないことだ。
 これはいよいよ妙だと思いつつ、私は部屋から出る。すると、階下から、猫の鳴き声よりもずっと小さな声で、弟と母が話しているのが聞こえてきた。
「何かあったの?」
 私が階下に向けて叫ぶと、弟が答えた。
「お母さんが子猫拾ってきた!」
「ええっ?」
 そんな馬鹿な、と私は驚愕した。私の母は、根はいい人だが、野良猫との熾烈な戦いに身を投じる戦士でもある。野良猫が家の近くに糞をすると、母は反撃せずにはいられない。最近では、猫が嫌う匂いを漂わせる液体を、家の周辺に撒くのがお気に入りだ。
 そんな母が、子猫を拾ってきた、だって?
「いま行く!」
 そう言うや否や、私は階段を駆け下りて、玄関へと走った。
 玄関には母と弟がいて、二人の足元には、アマゾンの段ボール箱が置かれている。
 果たして、タオルが敷き詰められた段ボール箱の中には、黒い子猫がいて、みゃあみゃあと愛らしい鳴き声を上げながら、私の方を見上げていた。

 これは、運命だ。
 子猫と目が合った時、私はそう思った。

 

 母の話によると、昨晩から家の裏で鳴き声がしていたのだが、朝になっても鳴き続けていたので、様子を見に行ってみたら、子猫が一匹だけぽつんとそこにいたのだという。昨晩は早くに床についた私は、そんなことにはちっとも気がつかなかった。
 子猫を見つけた母は、どうしたものかと悩んだが、いわく、子猫が「まとわりついてきた」とのことで、見るに見かねて連れてきてしまったのだとか。
 それを聞いて、私は、子猫はお腹を空かせているはずだと思った。子猫といえばまずはミルクだ、と思い、私はプラスチックの皿にミルクを入れて、子猫に与えてみた。だが、子猫は飲む素振りをみせない。
 私は子猫をじっくりと観察する。大きさは、手のひらに乗せると少しはみ出すぐらい。体毛は全体的に黒かったが、よく見ると背中にうっすらと縞模様が浮かび上がっている。目はぱっちりと開いていたが、歩き方がぎこちなく、自力で動けない赤ちゃん猫だと分かった。ただ、一晩放置されていたはずの割には、体調はすこぶる良さそうで、段ボール箱の側面をよじ登ろうとするかのように前足を突っ張りながら、みゃあみゃあと元気よく鳴いていた。
 次に私は、スマホを使って、インターネットを検索した。いくつかのサイトを回った私は、この子猫は、目は開いているが、爪は引っ込まずに出しっ放しにしている(これは足が未発達だからなのだそうだ)ことから、生後二週間ぐらいと見当をつけた。
 すると、合わせて重大な事実が判明した。生後二週間の猫は、まだ固形物を食べられない。親猫のお乳か、代わりとなる子猫用ミルクが必要なのだ。人間用のミルクは、お腹を壊すので与えてはならないという。また、この月齢の子猫は皿からミルクを飲むこともできないので、子猫用のほ乳瓶が必要だということだった。極めつけは、赤ちゃん猫は自分で排泄することもできないという一文だった。本来なら、親猫が舌で舐めて処理してやるのだそうで、親猫がいないなら、人間が代わりに湿らせたティッシュなどで拭いてやる必要があるのだという。
 子猫、いや赤ちゃん猫の世話は、思ったより遥かに大変そうだった。ペットショップで子猫を買ってきたのとはわけが違うのだ。うちに来たこの猫は、まだ、物理的に親離れできないほど幼いのだ。
 一体なぜそんな赤ちゃん猫が家の裏で、と疑問に思い、私はその線でも検索をかけてみた。すると、野良の親猫が、育てきれないと思った子猫を捨てることはままあると出てきた。ただ、その場合は猫の状態が悪いことがほとんどなので、うちの猫には当てはまりそうになかった。とするともう一つの可能性が考えられた。サイトによれば、子猫を持つ親猫はたびたび巣を移動する。が、移動中に何らかのトラブルが生じて、子猫が置いていかれ、そのまま親に忘れ去られることがままあるのだという。
 そこまで読んだ私は、一つ息を吐いて、覚悟を決めた。この子は、うちで飼おう、と。