「ちょっと君」
 空き店舗の前で立ち尽くしていた僕に、声をかけてくる人物がいた。背広を着て、恰幅の良いなりをした、中年男性だった。
「この店に、何か用?」
 僕はそれを聞かれた瞬間、きっとこの男は刑事だな、と感づいた。何となく、油断のない物腰からして、そんな感じがした。
 だから聞いてみた。
「おじさん、刑事?」
 すると、おじさんは苦笑い。
「刑事に目をつけられるようなことでもあるのかな?」
「そういう嫌らしい仕事の進め方をしているから、暴動なんか起こるんじゃないの?」
 おじさんは肩をすくめた。
「君はあの暴動に参加してたのかな? それとも、暴動に共感してこんなところまで来たのかな?」
「参加はしてないよ……でも共感は……分からない」
「分からない?」
「分からないというか……別に僕は、火炎ビンが投げたいわけでも、ワインを盗んでタダで飲みたいわけでもないんだけど」
「けど?」
 僕は、こういう相手でもないと自分の考えていることを話せないという事実にうんざりしながら、続きを話した。
「暴動に参加した映画俳優が逮捕されたって聞いてさ。それで思ったんだよ。どうすれば、その……ちゃんとした大人になれるんだろう、って。すごい映画に出るだけじゃダメだし、たぶん、大学に行くだけでもダメなんだ」
「……そういうことか」
 おじさんは、少しばかり落胆したような、でも安心したようにも見える態度でそう言った。
「君の言うとおり、人間っていうのは、大学に行くだけじゃダメだし、映画に出るだけでもダメだ。でもな、じゃあどうすれば良いか、っていうのは、教えられるもんじゃないんだよ」
「……おじさん、よく、学校っていうのはベルトコンベアだって言うよね」
「それがどうした」
「でも、このベルトコンベアは欠陥品だと思うな。だって、ベルトコンベアなのに、自分で歩かなきゃならないんだもの。だったら、最初からそんなベルトコンベアなんてない方が、良いと思わない?」
「レールという言い方もあるじゃないか」
「そのレールだって、レールに沿って走ったからといって、正しい所にたどりつけるかどうかは、分からないわけでしょ?」
 おじさんは呆れたため息をつきつつ、言った。
「そこまで言うんだったら、いいんじゃないか? レールからはみ出してみても」
「だから、別に火炎ビンを投げたいわけじゃなくて――」
「バカ言うなよ」おじさんは笑う。今度は、本当におかしそうに笑う。「レールのはみ出し方にも、色々あるだろうが。そもそも『色々ある』ってことが、レールをはみ出すってことじゃないか」
 これには僕も「なるほど」と思わされて、黙り込んでしまった。
「しかし」と、おじさんは真顔に戻って言う。「お前みたいなやつがいるとはね。暴動なんてもう、みんな話題にもしないのに」
「……この辺りでも、暴動の痕跡が残ってるのは、ここだけですよね。みんな忘れちゃったみたいだ」
「俺は忘れんよ」
 おじさんは、出し抜けにそう言った。
 僕が黙ると、おじさんはこう付け加える。
「友達が一人、死んでるんでね……まあ、そうじゃなかったら、俺も忘れてるだろうから、偉そうには言えないが」
 暴動で死んだ五人のうち、一人は警察官だったっけ、と、僕は思い出すのだった。