その言葉を聞いた瞬間、僕はユミと別れようと決めた。
 そもそも、どうして僕がユミと付き合うことになったのか分からない。彼女の方からアプローチしてきて、僕も当時は「女の子と付き合うというのはどういうものなのだろう」という好奇心から交際を申し込んでしまったが、今となっては若気の至りとしか言いようがない(ほんの半年前のことだが)。
 とはいえ、彼女があれほどの俗物だとも思わなかった。一体、ユミの方では、僕の何に惹かれたというのだろう。やはり、顔だろうか? ……これ以上はやめよう。
 実際のところはユミの方でも、ここしばらくの間、いつどうやって僕を振ってやろうかタイミングを計っている感があった。
 最初、僕は大人しく彼女に振られてやるつもりでいたが、事ここに至ってはそれも癪である。僕は決めた。僕の方からユミを振ってやろう、と。
 だが、それをその場で言い出すことは、僕はしなかった。そういうのは、最高の瞬間が来るまでとっておくべきだと思ったからだ。
 だから、ユミと別れて別方向の電車に乗った時、僕の鬱屈とした気分はいくらか晴れていた。当面の目標というものができると、人は誰でも前向きになれるものなのかもしれない。
……そうすると、火炎ビンを投げたあいつには、当面の目標がなかったんだろうか。
 僕はそんなことを考えながら、自宅の最寄り駅を乗り越して、東京暴動の現場へと向かった。

 

 東京暴動は、その全期間で五人の死者を出した、ここ数十年では最悪の暴動だったという。当初は何かの社会問題に対する平和的な抗議運動だったのが、徐々に暴動へと変貌し、商店は略奪され、建物には火が放たれ、人々は恐怖に震え上がった。
 しかし、それも半年前のことだ。今はもう、街は平穏を取り戻している。
 とはいえ、まさかここまでとは思わなかった。
 僕は放火されて全焼したスーパーの画像をネットで見て、そのスーパーを訪れてみたのだが、暴動の痕跡は跡形もなく、店頭には商品が並び、人々はひっきりなしに自動ドアを出入りしていた。店の壁には、放火の時にできた(そのことはネットの画像で確認できた)焦げ跡さえ、小指の爪ほども残っていなかった。
 僕は失望して通りを引き返した。当時はこれでこの国も変わるのかとまでささやかれた暴動も、警官隊の大量動員によって鎮圧された後は、わずか半年でなかったのと同じにされている。
 ため息をつきながら、僕は来た時とは違う道を通って駅に向かった。来た時は道に迷ってしまい、遠回りしてしまったのだ。帰る時は近道をすることにした。
 ところが、その途中で思わぬ光景を目にした。商店街の途中に、ガラスが割られ、黒焦げになった内壁が野ざらしになっている空き店舗を見つけたのだ。
 僕は立ち止まって、通りからその空き店舗の様子をじっと観察した。家具の類いが一切ないことなどから考えると、そこが暴動の前から空き店舗だったことは明らかだった。僕は、人々が別に暴動の痕跡を消したくてそうしているわけではないのだと知って、一段とむなしくなった。彼らは忌まわしい暴動の痕跡を無くしたいわけではない。彼らは商売がしたいだけなのだ。商売がなければ、暴動の痕跡をなくす必要も、彼らは感じないのだ。
 ひょっとすると、彼らは暴動が良いものだと感じていないだけでなく、悪いものだとすら感じていないのではないか。
 そうだとするなら、と僕は思った。火炎ビンを投げたあいつは、なぜ捕まったのだろう。なぜ彼のキャリアは、地に落ちてしまったのだろう。暴動があったことなんて、もうみんな、忘れてしまっているのに。