comback_judge私は裁判長です。名前はまだありません。

 

ある時、虚偽と無能がはびこる法曹界に絶望していた私の前に、一人の若者が現れました……


 

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2014年8月

ノンジャンル

短編

3ページ

 

 

 私は裁判長です。名前はまだありません。
 裁判長というからにはさぞ貫禄があるのだろうと思われるかもしれませんが、実際にはそんなことは全くありません。一応、白く長いひげと禿げ上がった頭を見て、初対面の方は私に一目置いててくれますが、それも最初の数分だけのことです。
 裁判長が座る席からは、法廷がよく見えます。刑事裁判の場合、向かって右は弁護側の席、左は検察側の席。私の仕事は、左と右を行き交う言葉を眺めて、どちらが優勢なのか判断し、手に持った木槌を振り下ろして、有罪無罪の判決を下すことです。
 などというと、読者の皆さんは私がさも重要な仕事をしているかのように思うかもしれません。ところが、そうではないのです。
 この国の刑事裁判では、起訴された被告のほとんどが有罪になります。弁護側はあまりにも無力です。しかし、では真に重要な仕事をしているのは検察なのかというと、そうでもない気がします。
 私の目から見ても、検察側の立証はほとんどがずさんなものです。検察側が召還する証人などは、矛盾した発言を平気でしたりします。
 ところが、たいていの裁判においては、そのような矛盾は指摘されることなく、終始検察側が有利なままで終わってしまうのです。そのような裁判では、判決は当然有罪となります。
 弁護側はというと、そういった矛盾に気づくことができない、無能な弁護士がほとんどなのです……もっとも、これには若干の例外がありますが、それは後述しましょう。
 一方で私自身はというと、実際、検察側の矛盾に気づき、それを指摘しようと思ったことは、一度や二度ではありません。若い頃は、実際に指摘したこともあります。
 しかしそうすると、検事は露骨に嫌そうな顔をします。それが怖くて、最近では私はすっかり、道化を演じることに慣れてしまいました。
 このことには、もう少し説明が必要かもしれません。
 率直に言って、最近の検事たちの素行態度は酷いものです。私をあからさまに小馬鹿にしたような態度をとるのはまだ良い方で、悪い例になると、気に入らないことがあった時、私を鞭で叩いたり、私に鷹をけしかけたりする者までいます。大勢の傍聴人がいる目の前でです! しかし、私も、同僚の裁判長たちも、検事の復讐が怖くて、それを問題にすることができないのが現状なのです。傍聴人はというと、虐げられる私を見て、他人事のように笑っています……。
 そんな現状が現状ですから、私のような小心な裁判長は、身を守るために道化を演じるしかないというわけです。検事や弁護士からいかに馬鹿にされようとも、何も知らない道化を演じて、ひたすら堪え忍ぶしかない……。
 最近では「法の暗黒時代」という言葉が流行っています。しかしこのような指摘にも、私は失笑を禁じ得ません。なぜなら「法の暗黒時代」に関する議論が問題にしているのは、検察側、弁護側双方による、勝訴のためなら手段を選ばない態度――具体的には、証拠や証言のねつ造だからです。ですが、私に言わせれば、いまさらそのようなことを言うのは笑止千万というものです。「法の暗黒時代」は、ずっと前から始まっていたのです。裁判長の権威の失墜という形で。証拠や証言のねつ造は確かに重要な問題ですが、これは、検事の無法な振る舞いを許してきた末の、当然の結果というものです……!

 

 ……少し、熱くなってしまったようです。失礼しました。
 実を言うと最近になって、私は年甲斐もなく、胸を熱くすることが多くなってきました。それは、一人の若者が、私の前に現れたからです。