そうこうするうちに、僕たちは住宅街に入った。未空ちゃんは相も変わらず、交差点にさしかかるたびに左右を確認していた。
 けれどその時、未空ちゃんが交差点でも何でもない場所で急に立ち止まったので、僕は未空ちゃんの傘に思い切り顔をぶつけてしまった。
「ど、どうしたの?」
 濡れた鼻をぬぐいながら、僕は未空ちゃんに言う。
 すると、未空ちゃんは前方の茂みを指差しながら言った。
「見て、あそこ……何かいる」
 みると、確かに、茂みがガサガサとうごめいている。一戸建ての家の、庭先にある生け垣だ。
 まさか、本当に泥棒……?
 僕がそう思って息を呑んだ次の瞬間、不法侵入の現行犯が、その可愛らしい姿を現した。
「わあ! チワワだ!」
 その正体は、愛玩小型犬の代名詞、チワワだった。
 未空ちゃんは、さっきまでの警戒顔もどこへやら、晴れやかな笑顔ですうっと近づいていったかと思うと、チワワのそばにしゃがみ込んでしまった。
 僕が遅れて近づいていくと、未空ちゃんはチワワの濡れそぼった頭を、手でわしゃわしゃと撫でているところだった。チワワの方は、それを嫌がるでもなく受け入れている。チワワは白い毛をした成犬で、見たところ、人に慣れているようだった。
「可愛い~」
 未空ちゃんはその気になれば模範的な小学五年生のような受け答えもできるのだけれど、これは別にかまととぶっているわけではなく、単純に素が出ている。可愛い。
 そんな彼女を横目で見つつ、僕は言った。
「野良犬……じゃないよね」
「当たり前よ。チワワの野良犬なんて聞いたことがないわ」
「でも、首輪つけてないよ」
「室内飼いの犬には、首輪をつけない飼い主もいるのよ。チワワは室内犬だからね」
「なるほど」
 毎度毎度、大した知識量だ。
「と、いうことは」
「この子は、迷い犬ね」
 そうとくれば、未空ちゃんの次の一言は、聞くまでもなかった。
「さあ、獲物が飛び出したわ! 今日は、この子の飼い主を探すのよ!」