天気は典型的な梅雨空で、朝から一日中小雨が降り続いていた。スニーカーの僕は水たまりをいちいち避けて歩かなければならなかったけど、レインブーツの未空ちゃんは、水たまりなんかおかまなしにジャブジャブ進んでいった。未空ちゃんは交差点にさしかかると、傘の角度をちょいと上げて、左右を見渡し、怪しいやつがいないかどうか確認していた。どうやらそれが「パトロール」らしい。
 学校を出てしばらくした頃、僕たちは顔見知りのおばさんとすれ違った。通学路沿いでパン屋さんをやっているおばさんで、よく帰り道に挨拶をしてくれる人だ。
 そのおばさんが、すれ違いながら未空ちゃんに
「まあ、新しいレインコート? 可愛いねえ」
 と言った。未空ちゃんの方は
「ありがとう!」
 と元気に返事をしていた。未空ちゃんはその気になれば、模範的な小学五年生のような受け答えもできるのだ。
「ああ」おばさんが行ってしまった後、僕はふと、思ったことを口に出してしまった。「そうか未空ちゃん、新しい雨具を見せびらかしたくて、パトロールなんて言い出したんだね」
 すると、僕が言い終わらないうちに未空ちゃんは立ち止まり、僕の顔をまじまじと見た。そしておもむろに、右手をひょい、と持ち上げて、僕のおでこにでこぴんをした。痛い。思いっきりやられた。
「馬鹿。そんなわけないでしょ」
 照れているのかなと思ったけれど、顔を見ると、どうやら割と本気で怒っているらしい。
「人が真剣に地域の防犯について考えているのに。あなたはどうしてそう、考えることが浮わついているのよ」
「ご、ごめん」
 未空ちゃんに説教されて、僕は深く反省し、謝った。
 すると未空ちゃんは、
「うん、分かればよろしい」
 と言って、笑って許してくれた。

 

 僕たちはそれからも、パトロールを続けた。途中、未空ちゃんが、以前授業で作った「安全マップ」を取り出したりした。これは授業で先生に「通学路の途中にある危ないところをチェックして、地図にしてみましょう」と言われて作ったものだ。僕はすぐ捨てちゃったのに、未空ちゃんはまだ持っていたなんて。しかも、防水ケースに入れてくるという念の入れようだった。どうやら本当に、伊達や酔狂でパトロールをやっているのではないつもりらしい。
 学校からだいぶ離れた頃、僕たちは用水路に差し掛かった。用水路は連日の雨で増水していて、ミルクコーヒーみたいな色をした水が、ミルクコーヒーとは似ても似つかない泥水特有の生ぐさい臭いを発しながら、音を立てて眼下を流れていった。
「こんな日にこんなところに転落したら、命の危険もあるわ」と、未空ちゃんは用水路を見て言った。
「絶対に落ちちゃダメよ。あと、落ちている人がいたら、助けるのよ」
「う、うん……」
 僕は、何か言いたくなるのをぐっとこらえた。けど、そんなのはいつものことだ。