「あの男は頭がおかしい」
 施設の中庭にある喫煙所で、私はリコにそんなことをぶちまけていた。
「権威主義的なテログループの中で、あんな反権威主義的な男が重用されるはずがない。本当にあいつは情報を持ってるのか? 私たちをおちょくって、楽しんでいるだけじゃないのか?」
「何を言ってる」私の言い分を、リコは一笑に付した。「あんたらしくもない。報告書は読んだだろう? やつが幹部の居場所を知っているのは間違いない。それに、話を聞いていると、なかなか頭が切れそうじゃないか……味方に対して反権威的なら、敵に対してはもっと反権威的に振る舞うだろう……そう見込まれて抜擢されたのかもしれない。まあ、それはいい。まずは落ち着いて、話をこっちのペースに戻すんだ。今のあんたと来たら、すっかりやつのペースに乗せられていやがる」
 やろうと思えば、リコは論理的な会話ができる男だった。当然と言えば当然だ。拷問とは、医学部や心理学部ではあまり教えてくれない知識をフル動員して行う、知的で創造的な作業なのであり、リコはその専門家なのだから。もっとも、リコが拷問の専門家だからといって、彼が知的で創造的であるとは限らない……専門家にも有能なやつと無能なやつがいるだろう、などと私は思うのだが、少なくとも私の上司は、私とは考えが違うようだった。
「……あんたの言うとおりだ」ともかく、私はリコの言い分を認めた。「目下のところ、仕事が上手くいっていないのは、私の方だ」
「そういう意味で言ったんじゃない」とリコ。「Aのやつ、日に日にやつれてはいるが、一向に弱る気配がない……頼りにしてるぜ、太陽さん」
「太陽?」
 中庭を立ち去ろうとするリコの背中に、私は疑問形のアクセントを投げかけた。
 すると、沈みがちな気分の私に、リコは陽気に親指を立ててみせる。
「あんたのことだよ。知ってるだろ? 『北風と太陽』さ」
 ……なるほど。北風と太陽、か。
 尋問の初歩だ。警察などでも使っている。優しく語りかけてくれる刑事と激しく怒鳴り散らす刑事の二人が、コンビを組んで容疑者を尋問する。犯人が小物だったら、そいつは強面の刑事に出てきて欲しくない一心で、優しい刑事相手に自分の犯行を洗いざらい話す。
「太陽……ね」
 北風と太陽。そんなことはとっくの昔から知っていた。しかしその時の私には、自分が太陽だなどとは、ちっとも思えなかった。