「君が選んだ男は当選したか?」
 ある時、Aは藪から棒にこう言ってきた。
「何だって?」
 私は聞き返す。尋問の合間に他愛のない会話を織り交ぜるのは、そう悪いことではない。だから、Aの戯言にも、私はしばしば付き合った。
「とぼけないでくれ」とAは言った。とぼけているのは自分のくせに。「昨日、大統領選挙があっただろう? もう結果が出ているはずだ」
 確かにその通りだった。私は調書に「この男、未だに時間の感覚を失っていない(驚愕すべきことだ!)」と書き込んだ。
 私がペンを走らせる間も、Aは話している。
「君は棄権したのか? そんなはずはないだろう。我々が今いるここは、おそらく君の国の領土ではないだろうが、それでも在外者投票制度というのがあるはずだ」
「そんなに私の国のことを勉強してくれたのか?」私は、嫌みではない、と伝えるために、あえて楽しそうに言った。「それだけ詳しいなら、罪を償った後に、市民権を取得するのも夢じゃないぞ……私が投票したのは女だよ。彼女は落選した」
 それを聞くと、Aは意外そうな顔をした。少しわざとらしかった。
「あの女は……確かこの戦争に反対していたはずだ」
「そうだな」
「じゃあ、君もこの戦争に反対なのか」
「A、私の国では、答えたくないことは答えなくてもいいことになっているんだ」
 私は内心で舌打ちした。そもそも最初の質問に答えるべきではなかったのだ。今回の大統領選は男性候補と女性候補の戦いだったので「君が選んだ男は当選したか?」にイエスと答えようがノーと答えようが、どちらに投票したのか分かってしまう。
「そうかい……じゃあ、それについては聞かないことにしよう」だが、Aは素直に引き下がらなかった。「しかし、不思議なものだな。新しい君のボスを、君は支持していないのに、君は彼の命令に従わなくてはならないわけだ。そういうのを君の国では『民主的』と呼んでいるのかい?」
「君の国はどうなんだ? 民主的だとでも言うのか?」
「私たちの国では、人々は神が教えるように考え、行動する。一般の人が、投票して意思を示す必要なんかないし、そんなことは、するべきではないんだ」
「仮に神が間違えなくても、神の教えを、人が誤って解釈することがあり得るだろう?」
 私は次第にこの男のペースに乗せられていることに気づきつつも、反駁したくなる気持ちを抑えられなかった。
 Aは言った。
「神の教えに背いた人間には、罰が下る」
 私は即座に反論した。
「神の教えに背いたから負けるわけじゃない。負けた側に『神の教えに背いた』というレッテルが貼られるだけだ。結果と原因を混同している」
 するとAは、一呼吸、間を置いて続けた。
「……君の批判は、もっともだ」声のトーンを落としつつ、Aは言う。「僕たちの社会は、いろいろと問題を抱えている……しかし、問題を抱えているのは、君が所属している社会も同じはずだ。たとえば、信じてもいない政治家が相手でも、命令されたら従わなくてはならない、というような」
「さあ、お楽しみの時間だ!」
「君が選んだ男は、当選したか?」
 登場した直後に、私と同じ質問をぶつけられたリコは、一瞬だけきょとんとしたが、すぐに「ああ、おかげさまでな!」と笑った。私は「この脳筋め、本当に大学を出たのか」とリコの横顔をにらみつけたが、やつは気づいていなかった。
「信じる政治家は違っても、戦う時は一緒。これもまたおかしな話だな!」
 リコに連れられていくAは、今度はそんな捨て台詞を残していった。