anti_examinationテロリストを尋問し、情報を引き出す。それが私の仕事だ。

しかし、ある時担当した、あのテロリスト……仮に、Aとしようか。Aは異常なテロリストの中でもとびきり異常で……そして、特別な男だった。

 

 

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2014年5月

ノンジャンル

短編

5ページ

 

 

 仮に、その男をAとしよう。
 Aは私に向かってこう言った。
「聞くところによると、君の国の医療技術は世界一だそうじゃないか」
 Aはとても楽しそうだ。憎たらしいことに。
「僕らの国にだって医者はいるが、数も質も、君の国の医者と比べたら、足下にも及ばない。いいだろう、それは認める……しかし、君は医療保険には入っているかい?」
「無論だ」
 私は自分の感情を隠すために、気力を集中させなければならなかった。
「私は連邦政府の職員だ。医療保険には入っている」
「なるほど。それはめでたい……でも、君が死んだら?」
「何だって?」
「ああ、勘違いするなよ。別に、今ここで僕が君を殺そうっていうわけじゃない……でも、僕が殺さなくても、君が死ぬことはあり得るだろう。君、家族は?」
「そういう質問に答えるほど、私たちは親しくないはずだが」
「答えられないなら、別にいい……そうだな、君の歳なら、子供がいてもおかしくないだろう。君の国のことだから、親だって生きているかもしれない……もし君が死んだら、君の家族はどうなる? 医療保険には入れるのかい? 医療保険に入れなかったら、高額な医療費を払うのは難しいと思うんだが?」
 私は心の中で舌打ちしていた。Aの言うとおり、私の妻は大手小売店でパートタイムの店員をしているに過ぎない。私が死んだら、両親は心配要らないが、妻と娘が再び医療保険に入るのは、難しいかもしれない。もし、彼女たちが病気や怪我でもしたら、高額な医療費を払えず……いや、遺族年金は、遺族の医療保険までカバーしていただろうか? 契約書にはなんて書いてあった? そもそも、遺族年金が下りる条件は? ……思い出せない。
 私はそれらの思考を頭から振り払った。今は関係のないことだ。
 私はAに言った。
「そんな話は、今の私たちには関係のないことだ」
「関係ない? 果たしてそうかな」
 Aは飄々とした様子でそう言うと、人差し指で左側の壁を指した。
「そろそろ、ドアを開けて強面の男がやってきて、僕を隣の部屋に引っ立てて行き、拷問を始めるだろう。拷問は水攻めかもしれないし、電気ショックかもしれないし、その他の何かかもしれない……でも、何をされたとしても、僕は死なない。なぜなら、君の国が誇る世界一の医療技術が、瀕死の僕を何度でも蘇生させてくれるからだ。おかしな話じゃないか。連邦政府職員である君の家族が、お金がないせいで受けられないかもしれない高度医療を、僕は好きなだけ受けることができる。無料で」
 私は顔をしかめた。それぐらい、してもいいだろう。
「A……君は、今の自分の立場を分かっているのか?」
「それはこっちの台詞だよ」
 Aはその口ひげの下から、うっすらと笑みを浮かべていた。
「僕は苦しめられることはあっても、殺されることは決してない。僕は重要な情報源だからね……死なないと分かっていれば、ある程度の拷問には耐えられる」
「果たしてそうかな」
 私は、本当に耐えられるかな、という意味と、拷問中に「事故」が起きる例はしばしばある、という、二つの意味を含ませて言った。
 その時、私の背後にあるドアが、音を立てて開け放たれた。
「さあ、お楽しみの時間だ!」
 野戦服姿の兵士二人を従えて、リコが幅の広い肩を揺らせながら入ってくる。私の同僚だ。あまり認めたくはないが。
 二人の兵士に両肩を掴まれて、Aは無理矢理立たされ、部屋を出て行く。
 ドアを出る直前、肩越しに振り返ったAと目が合った。
「こっちの台詞だ!」Aは言った。「君は自分の立場が分かっているのか。僕は君が欲しいものを持ってる。君は持ってない。僕の方が、立場が上なんだからな!」
 リコはAの首を殴って気絶させた。そのまま、流れるような動きで、後ろ手にドアをバタンと閉める。
「……どうかしている」
 誰もいなくなった部屋で、私はそうつぶやいた。

 

 特殊部隊によって捕らえられたAの身柄が、私たちの元に届けられてから、一週間が経とうとしていた。
 Aは国際テロ組織の一員で、幹部の間を行き来して、手紙を受け渡しする仕事をしていた。リコは「ニンジャ」みたいなものだと、笑いながら言っていた。日本フリークの彼によると、私たちのイメージと違い、実際の忍者は地味な仕事が多かったらしい。
 しかし、地味だが、重要な仕事だ。テロリストにとっても、私たちにとっても。Aはテロ組織幹部の居場所を知っているはずだった。一日でも早く、それを吐かせなければならない。さもなければ、Aが捕らわれたことを知った幹部たちは、姿をくらませてしまうかもしれない……。

 が、尋問は全く進んでいなかった。