「ははあん。このチョコは下駄箱に入れてあったのね」
 その通りだったけれど、僕はもう少し、未空ちゃんとの会話を楽しむことにした。
「土がついているからって、下駄箱に入れてあったとは限らないんじゃないかな。外で落としたのかもしれない」
 僕がそう言うと、未空ちゃんは窓の外を指さした。
「バカねえ、今日は雪よ。この箱は土がついているけれど、濡れてはいない。あなたが登校する前に、下駄箱に入れられていた証拠だわ」
 なるほど。
 というわけで、僕らは下駄箱までやってきた。
 未空ちゃんは、僕の下駄箱を調べていたのだけれど、ふと床に目をやったかと思うと、突然しゃがみこんだ。
 未空ちゃんが注目したのは、下駄箱の角に着いた、真新しい染みだった。
 未空ちゃんは僕が見ている目の前で、人差し指でその染みと、折からの雪のせいで廊下に落ちている水滴を絡ませた。
 そうして作った水溶液を、未空ちゃんはそのまま鼻先へと運ぶ。周囲には登校してくる子たちもいて、なんだか見ているけど、当人は気にしていない。
「鉄の匂い……血だわ」
「未空ちゃん、ばっちいよ」
 見かねた僕はようやく止めた。が、未空ちゃんは何事もなかったかのようにハンカチを取り出すと、無造作に人差し指を拭う。
「容疑者の血かもしれない」
「そんな、殺人事件じゃないんだから」
「今日は雪が降るぐらい寒い。寒いと、人間の血管は収縮して血圧が上がる。何かの拍子に……たとえば、本命チョコを下駄箱に入れたりして興奮したのをきっかけに、鼻血が出たとしてもおかしくない」
……今日の未空ちゃん、怖いぐらいに冴えてるな。未空ちゃんが怖いのは、いつものことだけど。
「……でも、チョコの送り主が鼻血を出したことが分かったからって、何になるの?」
「大いに手がかりになるわ」
「でも、廊下にはたどれるような血痕なんて残ってないよ」
「当たり前よ。こんな可愛らしいチョコをくれるような女の子ですもの。ちゃんとぞうきんで拭き取ったに違いないわ。さっきのはちょっとした拭き残しってところね」
「それじゃあ、どうするの」
「もし容疑者が、本当に鼻血を出したんなら……」
 未空ちゃんは、教室に戻りながら言った。
「鼻血が止まった後、すぐにぞうきんで、廊下に落ちた血痕を拭き取ったでしょう。血が着いたぞうきんも、すぐに洗ったに違いないわ」
「それじゃあ、手がかりは何も」
「おバカさん。女の子はね……鼻血を止めるために、ぞうきんを鼻に突っ込んだりはしないのよ」
 そんなの、男だってそうだよ、と言おうとしたが、その前に未空ちゃんは教室に入っていて、廊下側にあるゴミ箱の中を、おもむろにのぞき込んだ。
「ほうら、当たり」
 僕が未空ちゃんに並んでのぞき込むと、ゴミ箱の中には、血の着いたティッシュがあった。まだ新しい。ちなみに、ここは僕らの教室だ。
「これで、容疑者はまず間違いなく、このクラスの女子だろう、ってことが分かるわ」
 未空ちゃんはとても誇らしげである。そんな未空ちゃんを見ていると、僕も嬉しい。
「この学校にはざっと三十のクラスがあるから、容疑者をおおよそ三十分の一に絞り込めたことになるわね」
「すごいね」
 僕は掛け値なしの賞賛を送った。こりゃあ、未空ちゃんと結婚すると、本当に浮気はできないな。
「でも、これからどうするの。一人一人、問い詰めるの?」
 もちろん、僕はチョコに添えられていた手紙を読んだので、送り主が誰か知っている。けれど、この分だと未空ちゃんは自力で突き止めてしまいそうな勢いだ。それを見るのは、すごく楽しそうでもある。
 ……あれ? でもそれだと、僕はいつになったらチョコを……
「まあ、聞いて回るのが不可能な人数じゃないけど……それじゃ面白くないわ。続きは後にしましょう」
 どうやら「その時」は、まだもう少し先らしい。
「後に、っていうと、昼休み?」
「いえ。三時間目」
 え?