「これは殺人事件よ!」
「……未空ちゃん、さすがにそれはないと思うよ」
 毎度おなじみ(?)の「ゲームが始まったわ!」の一言が飛び出した後、僕は未空ちゃんから、こっそりみんなを起こしてくるように言われた。みんな、というのは、もちろん、子供たちだけ、という意味だ。
 かくして、今や深夜の明るくなった談話室に、小学生ばかり五人が集まっているという、大人に見つかったらただじゃすまないような状況になっている。
「どうしてこれが殺人じゃないっていうのよ、真」
「いや、だって……誰も死んでないよ、人間は」
「まあ……どうしてあなた、そんな酷いことが言えるの?」
 未空ちゃんは、心底僕を見損なったという風に言ったので、僕はけっこう傷ついた。
「いい? 考えてもみなさい。私たちが心とか命とか魂とか呼ぶものだって、しょせんは脳の化学反応ないし電気信号に過ぎないのよ。だったら、ゲームの中のキャラクターに命がないなんて、何を根拠にそんなことが言えるの?」
「え、えっと……」
「とにかく、ゾンカルのカリウードが消されたのは、殺人事件なのよ。いい? これはもう決定事項。反論は許さないわ」
 ちなみに「カリウード」というのは、ゾンカルにおけるプレイヤーキャラクターのことだ。言うまでも無いけれど、「狩人」ということである。
「まあ、何にしてもさ」
 上下スウェットの次郎くんが、僕と未空ちゃんの間に入った。
「この中の誰かが、坂井のカリウードを消したわけだろ? それは確かに許せないな。犯人を見つけて懲らしめなきゃ」
「そうね」と、未空ちゃんは同意する。「私が見た犯人は、子供だった。そして、外部犯の可能性はあり得ないわ。ということは、必然的に、この中の誰かが犯人ということになる」
「ちょ、ちょっと待って」と僕。「外部犯の可能性がない、っていうのは?」
「は? あなた、馬鹿? どこの日本の子供が、わざわざ真夜中によそ様が寝ているペンションに忍び込んで、あまつさえやることがゲームのキャラクターの消去なのよ」
……確かに。「実質的なクローズドサークル」ということか。
……あれ、でも、いま未空ちゃん「ゲームのキャラクターの消去」って言ったような……さっきは殺人って言ってたのに……。
「で、でも……」と、ここまで黙っていた経瀬ちゃんが口を開いた。ちなみに、彼女は可愛らしい薄桃色の地に花柄をあしらったパジャマだ。「真くんが頑張って育てたキャラだったんでしょう? それを消しちゃうなんて……そんな酷いことをする人が、この中にいるなんて」
「……確かに。認めたくないわね」と未空ちゃん。「でもね、佐藤経瀬。あらゆる可能性を消去していって、最後に残ったものが真実なのよ。たとえそれが、どんなにあり得ないと思うようなことでもね」
 涙ぐむ経瀬ちゃんに、未空ちゃんは冷徹な現実を告げる。僕はというと、優秀な番犬は泥棒以外にも吠える、という言葉をなぜか思い出していた。
「じゃあさ」と次郎くん。「この、坂井のゲーム機の指紋を調べてみればいいんじゃないか」
「甘いわね、田中」と未空ちゃん。「ここはクローズドサークルなのよ。指紋捜査なんて、科学的な検証が行えるわけないでしょ」
……だんだん未空ちゃんが邪魔にしか思えなくなってきたぞ。
「お、お母さんたちに話して、なんとかしてもらった方がいいんじゃない?」
 と、経瀬ちゃんが、一見すると一番まともに見えそうな提案をする。
「ダメよ」
 だが、未空ちゃんはこれも即座に却下した。
「殺人があったなんて大人たちにバレたら、大変なことになるわ。可哀想じゃない、大人たちが」
 可哀想……という言い方は引っかかったけれど、僕にも未空ちゃんが言いたいことは分かった。それに、こういうことに大人を巻き込むと、ロクなことにならない。うやむやになったりする可能性だってある。
「というわけで、この事件は私たちの手で解決しなきゃいけない、ってこと」
「解決って言っても……」
「犯行はここにいる全員に可能だった。とりあえず、動機から考えてみましょう」
 僕の独り言は完全にスルーされた。
「真のカリウードを消したいと思っている人物……ふっ、一人しかいないじゃない」
 そう言って未空ちゃんは、犯人を――ここまで一言も発していないその少年を、真っ直ぐ指さした。
「中田太郎。真のカリウードを消す動機があるのは、あなた一人よ」
「な……な、何を言っているんだよ」
 言われた太郎くん――無地の青いパジャマ姿――は、口では抗弁していたけれど、激しく狼狽していることが明らかだった。
「そんじょそこらの小学生は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないわ。中田、あなたはゲームで遊んでいた時、真の鮮やかなプレイに、あからさまに嫉妬していたわよね」
「な、何を根拠に」
「その上、あなたは佐藤経瀬の前で恥をかかされたと思い込み――よくある、思春期の自意識過剰よ――そして、復讐を考えた」
「な、なんでそこで経瀬ちゃんが出てくるんだよ!」
「言って欲しい?」
「い、いや……言わないで」
「? 未空ちゃん、何の話……」
「唐変木は黙ってなさい」
 僕が疑問を口にしようとすると、またしても却下される。
「さあ、さっさと白状しなさい、中田太郎!」
「や、やめてよ!」
 人差し指を突きつけてぐいぐいっと迫ってくる未空ちゃんに、太郎くんは必死で抵抗した。
「そ、それに、動機なら他の人たちにもあるじゃないか!」
「は?」
 未空ちゃんが一瞬だけ追及の手を緩めると、太郎くんは息を吹き返したかのようだった。
「た、たとえば田中くん! 僕のキャラの強さに嫉妬したのかも!」
「はあ?」
 次郎くんはもちろん眉をひそめる。
「そ、それから、森村さんだってそうだよ! 目撃者の振りをしてるけど、ほんとは森村さんの狂言なんじゃない?」
「な、なんで私がそんな真似を」
 太郎くんは少し勢いを取り戻したのか、いっぺんに言葉をまくし立てた。
「森村さん、学校でもいつも事件事件って、物騒な事件を探してばかりいるじゃないか。あまりにも事件が少ないものだから、自分で事件を起こしちゃったんじゃないの」
「な、なんですって!」
「そ、それから坂井くん! 君が、森村さんを楽しませるために仕組んだとも考えられる」
「ああ……」と、僕は思わず、太郎くんの想像力と洞察力に感心してしまった。「それは、いかにもありそうなことだね。うん、名推理だよ」
「そ、それから……」僕の反応は置いておいて、太郎くんは経瀬ちゃんに向き直った。「経瀬ちゃんは……坂井のキャラでゾンカルの練習がしたくていじってたら、間違って消しちゃったのかも」
「た、田中。あなた、さっきから自分が何を言ってるのか分かってるの!」
 唖然とする他の四人の空気を代表して、未空ちゃんが言った。
「そんなの、こじつけもいいところじゃない!」
「た、確かにそうさ……でも、僕のがこじつけなら、森村さんの推理はどうだ? そっちだってこじつけじゃないか! 何の証拠もないのに人を犯人呼ばわりして!」
「あ、あなたって人は……!」
 議論が袋小路に迷い込んだ、その時だった。

 

「やめて! もうやめてよ!」

 

 経瀬ちゃんの叫びが、談話室に響き渡った。