「でも未空ちゃん、クローズドサークルっていうのは、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「何よ、真。何か文句でもあるわけ?」
「だってさ、ここはただの山小屋だよ。天気もいいし、道に出れば街灯だってある。電話もネットも繋がってる。クローズドサークルでもなんでもないじゃないか」
 僕は至極真っ当なことを言っているつもりだったが、未空ちゃんは「ふっふっふ」と得意げな笑みを漏らした。
「甘いわね。確かにあなたの言う通りだけれど、実質的には、ここはクローズドサークルと言っていい状況だわ」
「実質的に……って?」
「いいこと? いま、このペンションで起きているのは私たちだけなのよ。大人たちはみんな、寝るか、くだらないショーを……なんて言ったっけ?」
「確か、物まね芸人のショーとかなんとか」と次郎くん。
「なんの物まねだっけ」と未空ちゃん。
「『女は楽だよ』の『豹さん』じゃなかった?」と太郎くん。
「真くん『女は楽だよ』ってなあに?」と経瀬ちゃん。
「昭和の時代にヒットした映画だよ。ごめん、僕も詳しくは知らないや」
「あ、僕、知ってるよ」
 そう言って、太郎くんが身を乗り出す。僕は視線で「馬鹿な真似はやめろ」と促すが、太郎くんは気づかない。
「確か『豹さん』っていう名前の美熟女が、旅行先で会った男を次々と誘惑してお金を巻き上げ、最後はとんずらするっていう、結婚詐欺師の話だよね」
 真夏だというのに、場が凍りついた。どうやら、僕と太郎くん以外の三人は知らなかったようだ。
「何それ……」と未空ちゃん。
「ひでーな……」と次郎くん。
「え? え?」太郎くんはきょとんとしている。「三十年の間に五十作近くが作られた、昭和を代表する名作だよ?」
「大人って……大人って……」
 まずい。経瀬ちゃんが壊れかけている。
「この話はやめよう」
「そ、そうね……えっと、何の話だったかしら」
「クローズドサークルだよ、未空ちゃん」
「そ、そうよそれそれ。そういうわけで、起きている大人はいま、このペンションにはいないの」
 確かに、それは未空ちゃんの言うとおりだった。大人たちのほとんどはショーを見に出かけてしまい、留守番役を買って出た二人のお父さん(二人とも「女は楽だよ」が好きじゃなかったようだ)は、さっきまで酒盛りをしていたかと思うと、早々に寝入ってしまった。
「そんな中で、子供だけでこのペンションを出て行けると思う?」
「無理なの?」
「無理に決まってるでしょ。そんなことしたら、怒られちゃうわ」
 そういう問題なのか。
「じゃあ、電話やネットは?」
「似たようなもんよ。私たちが子供の声で警察に通報しても、相手にしてもらえないわ。ネットで書き込んだって「メシウマー」とか言われて(*注:「メシウマ」とは「他人の不幸を見聞きするとメシがウマくなる」という意味のネットスラング。二〇一〇年頃に流行したが、あまりにも悪趣味なせいか最近では一時期ほど見かけなくなった)、笑われるだけだわ」
 そういう問題なのか。
「というわけで、私たちは今、実質的なクローズドサークルの中にいるわ」
「……で?」
 それまで黙って聞いていた次郎くんが、ぶっきらぼうに言う。
「つまり、何か、事件が起こるはずよ! そうに違いないわ」
 そんな馬鹿な。
「何よその信じてなさそうな顔は……大体、ペンションの名前を見てご覧なさいよ。『ゴルトムント』よ『ゴルトムント』。何よこのいかにも怪しげな名前は」
「そ、それはドイツ文学の名作の主人公の名前で……」
 おずおずと経瀬ちゃんが言うと、未空ちゃんは
「ふん。イギリスの探偵小説に比べれば、ドイツ文学がなんぼのもんよ」
 と理不尽にも気分を害したようだった。
 ちなみに、先の発言は未空ちゃんの個人的な見解であって、この文章の筆者とは無関係です。
「じゃ、じゃあさ」
 今度は、太郎くんが控えめに言った。
「事件が起こるまでの間、暇つぶしに『ゾンカル』やらない? 僕ね、今日が楽しみで、頑張ってキャラを育ててきたんだよ」
「お、いいね。『ゾンカル』やろうぜ」次郎くんは乗り気だ。
「ふむ。いいでしょう」未空ちゃんもまんざらでもない。
 合意ができたようで、僕を含めた四人は、携帯ゲーム機を取り出した。
 ただ一人、経瀬ちゃんだけがきょとんとしている。
「ねえ真くん『ゾンカル』って何?」
「『ゾンカル』は『ゾンビ・カルンヤー』の略で、いま大流行しているゲームだよ」
 もう少し詳しく言うと『ゾンビ・カルンヤー』は、最大四人で協力プレイしてゾンビを狩るゲームだ。従来、ゾンビと言えば集団で襲いかかってくるものだったが、このゲームでは中盤以降は多種多様な巨大ゾンビが出現して、プレイヤーの度肝を抜く。一人では倒せない巨大ゾンビを、友達と協力して倒すのが醍醐味だ。英語と関西弁が混じったふざけたタイトルに反してしっかりしたゲームで、いま日本のみならず世界中で大ヒットしている。

「え~、佐藤、お前はゾンカルも知らないのかよ~」
 次郎くんが意地悪っぽく言うと、経瀬ちゃんの表情が曇る。
「何よ、田中」普段、未空ちゃんと経瀬ちゃんはあまり仲が良くないのだが、ここは同じ女だからということなのか、未空ちゃんがかばった。「あんたなんか、この間、国語の授業で出てきたシーザー暗号も分からなかったじゃない」
「そんなもん授業に出てねえよ!」
「シーザー暗号っていうのは、意味不明な文章に出てきた文字を、あいうえお順にずらすと本当の文章が現れるっていう、あれだよ」と僕がフォロー。「たとえば『それい』を一つずつずらして『たろう』みたいな」
「あれか……あんなもん、ただのクイズじゃないか」
 すると、会話の流れを断ち切って、次郎くんが経瀬ちゃんに言った。
「そ、それよりさ、佐藤さんも『ゾンカル』やってみない? 誰かのを借りてさ」
「え? 私が? でも、やったことないから……」
「遠慮しないで、死にまくる人がいた方が面白いわ」などと真顔で言ったのは未空ちゃん。「真、貸してあげなさい」
「え、僕のを?」
「いいじゃない、いつも仲良くしてるんだから」
「いや、いいんだけどさ……」
 参ったなあ、と僕は思った。僕のメインキャラは非常にピーキー(注:強いが扱いが難しいという程度の意味)で、初心者の経瀬ちゃんに扱えるとは思えない。
 仕方なく、僕はキャラ選択画面で、始めたばかりの頃に途中まで育てた、扱いやすいサブキャラを選択した後、経瀬ちゃんにゲーム機を渡した。
「それじゃ、行くわよ」
 ゲーム機を無線通信で繋いで、四人の協力プレイが始まる。未空ちゃんのゲーム機は鮮烈なメタリックレッド、次郎くんのは爽やかなブルー、太郎くんのは重厚なブラック、そして、今は経瀬ちゃんが持つ僕のゲーム機は、すっきりしたホワイトだ。
 未空ちゃんはステージ選択でやたらと強いゾンビを選択した。口から毒ガスを吐いたり、小さいゾンビを召喚したり、おまけに死んだふりまでする凶悪なやつだ。