再び来店した阿部君を待ち受けていたのは、腕を組んで仁王立ちになった未空ちゃんだった。阿部君ははっとして振り返って逃げようとしたけれど、後ろにはやる気なさそうな顔をした僕が立ちはだかる。
 未空ちゃんが口を開いた。
「阿部君ね? 何を聞かれるか、分かってるわよね?」
「な、なんのことだい……?」
「しらばっくれたって無駄よ。全部分かってるの。こっちはその気になれば、今すぐあなたをお店に突き出すことだってできるんだからね」
「そ、それは……」
 阿部君は顔面蒼白になり、眼鏡の奥では、早くも涙が溢れそうになっている。
「まあ、それは後にしてあげてもいいわ」
 未空ちゃんは壮絶な笑みを浮かべて……阿部君が手に持つ、DVDの袋を指さした。
「その前に少し、話を聞かせてもらおうかしら……そのDVDについて」

 それはまさに、小学生的なことだった。
 三ヶ月ほど前、阿部君は名刑事ピーターのDVDを借りて観賞したが、プレーヤーからDVDを取り出す時に、誤って落として踏んづけて、DVDを割ってしまった。当然、弁償しなければならないが、そんなお金はない……そこで、阿部君は一計を案じた。
「DVDは同じ店に二本あった……ここがこの事件のポイントね。あなたが割ってしまったのはそのうちの一枚。仮にこれをAとするわ。Aを割ってしまったあなたは、店に残っているもう一枚、Bを借りて、それをAのケースに入れてAとして返し、その日のうちにAとしてまた借りる。そして、一週間後に、今度はBをBとして返し、BをBとして借り、BをAとして返し、またBをAとして借りる。以降毎週、同じ事を繰り返す」
「未空ちゃん、分かりにくいよ……」
「とにかく、この男は一枚のDVDをその日のうちに二度借りることによって、DVDが二枚あるように見せかけていたのよ。本当は一枚はもう割れちゃってて、この世に存在しないのにね!」
「う、うわああああああああ!」
 悪事を白日の下にさらされた阿部君は、いよいよ本格的に泣き崩れてしまった。
 夕闇が辺りを包み始めた公園の、東屋の屋根の下で、僕と未空ちゃんは打ちひしがれた阿部君を見下ろしていた。
「阿部……どうしてこんな馬鹿なことを」
「だって……だって、アニメのDVDの値段、調べたら五千円とかするんだよ? とても払えないよ」
「そんなの、親に言えば」
「親になんて言えないよ! 言ったら死ぬほど怒られる!」
 未空ちゃんは深くため息をついた。あまりの阿部君の取り乱しぶりに、さすがに呆れたらしい。代わりに、僕が阿部君に声をかける。
「阿部君。レンタルショップのDVDはね。割れた場合は保険が利くんだよ。だからそんなに払わなくて大丈夫」
 それを聞いた阿部君は、恐る恐る顔を上げて、僕を見上げた。
「え? ほんとに?」
「割れたDVDは保管してあるよね? 現物がない場合は盗んだかもしれないと思われて、高いお金を払わなくちゃいけないけど、割れたDVDを持っていけば、大丈夫なんだよ」
「そんな……知らなかった!」
「だと思ったよ」
 みるみる明るくなっていく阿部君の顔を見ると、未空ちゃんはふん、と鼻を鳴らして笑った。
「分かったら、早く家に帰って、ご両親に事情を説明することね」
「う、うん……あ、ありがとう」
 阿部君はすぐさま、立ち上がって駆けだした。
「あ、あの!」
 東屋を出たところで、阿部君はまた立ち止まって振り返る。
「本当にありがとう。正直、毎週二百円なんて、お小遣いが全然続かないから、どうしようっていつも不安で……」
「とっとと行きなさい!」
「は、はい!」
 阿部君は今度こそ、走って家に帰っていった。

「一件落着だね」
「そうね……でも、世界にはまだまだたくさんの不幸な子供たちがいるわ」
 未空ちゃんは、らしくもなく物思いにふけってみせた。
「日本のDVDの値段がもっと安ければ、あんな風に、怯えるあまりに悪事に手を染め子供も減るでしょうに……言ってみれば、これは社会が生み出した犯罪と言えるわ」
「そ、そうかな……」
「そうなのよ! そう言っておけばかっこよく見えるの!」
「な、なるほど……」
「ま、これであなたもようやく名刑事ピーターが見られそうね」
「そうだね……未空ちゃんの名推理のおかげだよ。ありがとう」
「べ、別に、あなたのためにやったわけじゃないわよ……」
 夕焼けが、未空ちゃんの頬を赤く染めていた。

 

 


 

ご読了、ありがとうございました!

 

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