勇者はもちろん助けようとするが、実はその行き倒れは……
掲載時期 | ジャンル | 分類 | 分量 |
2012年10月 | ファンタジー | 完結した掌編 | 3ページ |
昔々、勇者が森の中の街道を歩いていると、一人の行き倒れにでくわした。
まだ距離はやや遠いが、行き倒れがうめく声が聞こえてくる。
「み、水をください……」
遠目ながらも、行き倒れはとても苦しそうに見えた。とても演技には見えない。
だが、勇者はすぐに、近頃、行き倒れに見せかけて、旅人を罠にかける盗賊が出没している、という噂を思い出した。
「は、早く……水を」
だが、目の前の行き倒れはどう見ても盗賊には見えない。武器など持っていないし、水を求める動作も声も、何度見ても演技には見えない。
勇者は少しでも疑った自分を恥ずかしく思い、行き倒れを信じて、無防備に駆け寄っていった。
だが、勇者の足が、地面の上に張ってあったロープを引っかけたその時、物陰から毒矢が飛んできて、勇者の背中に突き刺さった。
毒矢によって一瞬にして抵抗力を奪われた勇者は、地面に横たわったまま動けなくなる。
それを見た盗賊は、何事もなかったかのように起き上がって、勇者のそばに歩み寄ってきた。
地面に横たわった勇者は、近づいてくる盗賊をにらみつけるが、体は全く言うことを聞かなかった。
「畜生……畜生め、この人でなし」
盗賊は悪態をつく勇者を見下ろして笑った。
「ほう。まだ喋れるのか。一角の勇者と見た。こいつは大物だ」
そう言って、盗賊はまだ息のある勇者の荷物を漁り始める。
「こんな卑劣な手を使って、恥ずかしいとは思わないのか」
屈辱ゆえか、回ってきた毒のせいなのか、勇者の声は震えていた。
「けっ。何が恥だ。世界を救う勇者の癖に、俺にまともな職を与えてくれなかった、お前の方こそ恥じ入るべきだ」
盗賊は面白がっているような笑みを浮かべて言った。
「おい、お前。こいつはせめてもの情けだ。最後の言葉があるなら聞いてやる」
勇者は絞り出すような声を出した。
「……クズが」
じきに勇者は息絶えた。盗賊は勇者の持ち物を全て奪い去った。