それからしばらく後、魔王城では、魔王と姫の結婚式が、盛大に執り行われた。
 一通りの式事が滞りなく終了した後、魔王と姫……新郎と新婦は、魔王城の大きなバルコニーに現れ、城下の民衆に手を振った。
 魔王は、人間でこそなかったかもしれないが、見かけはハンサムな男だった。おまけに学歴もあり、金もあり、軍隊まで持っている。冷静になってよく考えれば、結婚相手としてこれ以上の人物はそうそういない。
 一方の姫は、可愛らしい美少女だった。どんな風に可愛いかというと、それはあえてここには記さないが、それでは不満だというめんどくさい読者の方は、あなたがいままでに見た最高の美少女と同じぐらい可愛い、ということにしておく。おまけに学歴もあって(以下省略)。
 城下から喝采を浴びせる群衆の中には、一見、この結婚に不満を持つ者など一人もいないように見えた。
 ……もちろん、ただ一人の例外を除いては、だが。
「魔王、覚悟!」
 勇者が放ったその一言こそ、周囲の群衆の声にかき消されてしまったが、彼が人間離れした跳躍力で一瞬にして群衆の中から飛び出し、バルコニーに降り立つと、周囲の祝祭ムードは一転して、騒然とした雰囲気になった。魔王も姫も、そろって勇者に向き直って、身構えている。
 姫をかばうようにして立つ魔王に、勇者は抜き身の剣を向けた。
 慌てて槍を振り下ろそうとした衛兵を、勇者は一刀のもとに斬り捨てる。続々と衛兵が集まってくるが、みな、ひたすらレベル上げに励んできた勇者の相手にはならない。
「何者だ!」
 衛兵が一通り倒れると、魔王は戦いの構えを崩さないまま、勇者に問うた。
「何者だ……だと?」
 勇者は、悪魔の返り血を浴びて真っ赤になりながら、息切れ一つしていなかった。
「俺は勇者……魔王、お前を倒す者、だ」
「くっ……この狂人め!」
 魔王が、強力な光弾を勇者に向けて放つ。が、勇者は魔法で強化した剣で、その光弾を弾き返した……光弾は群衆の真ん中に着弾する。衝撃で粉々に砕け散った石畳が、凶器となって群衆に降り注いだ。群衆から悲鳴が沸いた。視力の良い種族の中には、その中に血しぶきを見たものもいたという。
「それだけか……なら、こっちの番だ!」
 勇者は、城下の惨状には目もくれず、魔王に向けて剣を振った。刃から魔法の衝撃波が繰り出され、魔王を直撃する。魔王は情けないうめき声を出しながら、弾き飛ばされ、バルコニーの床に叩きつけられた。
 衝撃のあまり、すぐには立ち上がれないでいる魔王。勇者はそんな魔王に歩み寄り、とどめを刺そうとした。
「魔王……お前の野望もここまでだ」
 が、そんな勇者の前に、立ちはだかる者がいた。
「やめて!」
 誰あろう、姫その人だった。
 姫は、勇者と魔王の間に割って入り、両手を広げて立ちはだかる。仁王立ちそのものだった。
「そこをどいてください、姫」
 が、姫は一歩も引かない。
「やめてよ、やめて。私の魔王さまを傷つけないで。ねえ、なんなのあなた。突然入ってきて、わけわからない」
 姫の美しい顔が、悲しみに歪むのを見ると、さすがの勇者もひるんだ。
 姫は、本心から魔王を愛しているようだった。魔法をかけられているわけではない。騙されているわけでもない。本当に、魔王を愛していたのだ。勇者にはそれが分かった。
「姫……なぜです? なぜ、そのような男を?」
「は? 決まってるじゃない」
 姫は言った。
「だって……魔王さまは、ハンサムでお金持ちだもの!」
「……え?」
「女の子がハンサムなお金持ちを好きになって何が悪いの!」
「い、いや、あの、その……」
「ねえ、あなたなんなの? 物事を暴力でしか解決できない人なんて、私、だいっきらい」
「え、ええ?」
「あなたって、まるで悪魔みたい。そうよ、あなたこそ、悪魔のなかの悪魔。あなたこそ、本当の魔王よ!」
 その姫の言葉は、どんなに力強く振り下ろされた剣の一太刀よりも、またどんなに強力に練り上げられた破壊魔法よりも、遥かに重大なダメージを勇者に与えた。勇者はこの時心に受けた傷を、生涯にわたって克服できなかったほどだ。
 勇者の動きが、完全に停止した。もう身動きができず、何も考えることができない。
 そのままだったら、勇者は起き上がった魔王か、駆けつけた衛兵に取り押さえられるなり、殺されるなりしてしまっていただろう。
 しかし、その時、バルコニーに降り立った光のおかげで、勇者は命拾いした。
「勇者さま、しっかり!」
 魔法使いだった。彼女は守護の魔法を周囲に張って、衛兵たちの攻撃を防ぐと、瞬間移動を使って、どうにかこうにか、勇者を連れて逃げおおせることができた。

 

 その夜、王都のとある酒場のカウンターには、二人の若い男女の姿があった。
「うええええええ~~~~ん、姫さまああああ~~~~~」
 やけ酒を浴びるように飲んで、情けない声を上げる勇者と、それを横で見守る魔法使いである。
 魔法使いとしては、これからどうやって暮らしていくかとか、いろいろ話したいことはあったのだが、今夜だけは黙っていてやることにした。
 そんな魔法使いの優しさに見守られて、助けられた礼を言うのも忘れたまま、わがままな勇者はただただ、酔うために酔う。
 ……そう遠くない将来、二人は結婚することになるのだが、それはまた、別の話である。

 

                                                                              完

 

 


 

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