それからというもの、僕は頭上を飛ぶ戦闘機を見る時に、決まって主翼の前縁を注視するようになった。
 青い線が入っている方が、領主の息子、末っ子の戦闘機だ……僕はその、まだ年若いであろう飛行士に、前以上の親近感と、好奇心を持っていた。一体、どんな人なのだろう……当時、僕はまだ、彼の顔を見たことがなかった。
 その日も僕は、納屋で父親の手伝いをしていたが、少しでも手が空くと、開け放った扉の前に立って、空を見上げていた。いつ、戦闘機が飛んできてもいいように。
 それを見た父が、露骨に嫌な顔をするのはいつものことだった。ただ、いつもと違って、その日はたまたま虫の居所が悪かったのか、それともたまりにたまった怒りがついに火を噴いたということなのか、父は空を仰ぐ僕を見るなり、厳しく怒鳴りつけた。
「目障りだ! そんな顔をするのはやめろ!」
 僕はびっくりして父を見た。いつものように、汗と機械油にまみれて、仕事に精を出す、少なくとも精を出しているように見せている、僕の父を。その日、父が向き合っているのは、港で荷運びに使うフォークリフトだった。それでさえ、父には大きな仕事だったが、でも領主に取り立てられたという修理工は、今頃はあの大きな高射砲や、もしかしたら戦闘機だって、いじっているかもしれなかった。
 僕はそれまで、父に怒られると縮み上がるばかりだった。けれど、不思議とその日は、父と目を合わすなり、すんなりと落ち着きを取り戻すことができた。
 あまつさえ、父に言い返すことさえした。
「どうしてそんなことを言うの?」
「何?」
「どうして、空を見るのがダメなの?」
 父は苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、先を続けた。
「空を見るのがダメなんじゃない」
「じゃあ、何が?」
「戦闘機さ……あの貴族たちだよ。どうしていつもいつも、お前はあいつらを見ようとするんだ……手を伸ばしても届かないものに、どうして手を伸ばす?」
「手を伸ばすって?」
 その時、またあの轟音が、遠くから近づいてきていた。
「とぼけるな」
 しかし、僕は珍しく父から目を離さず、逆に父が僕の方に歩み寄ってきて、納屋の入り口から空を見上げた。
「お前はあれに乗りたがっている……そんなこと、誰にだって分かる」
 まただ、と僕は思った。どうして大人達はみな、僕があの戦闘機に乗りたがっていると思いたがるのだろう。
「そうじゃないよ」
「今度は嘘をつくのか」
「違うってば」
 僕が否定すると、父はため息をつきながら、僕を見下ろして言った。
「いいか。この際だからはっきり言っておく……お前はうちの跡取りだ。俺の後を継いで、機械工になるんだ……それが、世の中のルールだよ」
「分かってるよ、そんなこと」
「本当か。なら、機械工になるって、俺の目を見て言ってみろ」
 父はかがみこんで、僕の頭の高さまで、目線を下げてくる。僕は父と目を合わせる。
「さあ、言うんだ」
 僕にだって、よく分かっていた。自分は機械工になるんだ、ってことぐらい。
 でも、それを父の目を見て言え、宣言しろというのは、なんだかすごく嫌な感じだった。
「機械工にはなるよ……でも、父さんの目を見て言うのは嫌だ」
「なぜだ」
「……分からない」
 僕が目を逸らしてそう言うと、父はため息をつきながら、曲げていた背中を伸ばして、仕事に戻っていった。いつの間にか、父の背中からは怒りが消えていた。それどころか、どこか、かつてなく物悲しい感じがした。
 父をひどくがっかりさせてしまったということが、僕にでも分かった。僕はいたたまれない気持ちになって、納屋を飛び出した。行く当てもなかったけれど、ひとまず、北の高原へと向かった。