ディスクが、空高く舞い上がる。
 それを追う鈍い銃声。曳光弾の煌めき。
 銃弾は標的を捉え、ディスクは粉々に砕け散る。
「あんなちゃちな射撃訓練が、本当に役に立つのか、と思うじゃろ?」
 僕の隣に座っていたおじいさんが、聞かれもしないのに言ってくる。
 僕は平民用の飛行場にいて、高射砲の射撃訓練を見物していた。集落にある学校で、今度飛行場に遊びに行くというので(後にそれは掃除の手伝いだったことが分かるが)、下見に来てみたら、それがたまたま月に一度の射撃訓練の日だったのだ。
「確かに、バーバリアンはあんなちっぽけなフライングディスクとは違う……しかし、大事なのは慣れることだ。狙いをつけて、引き金を引く。その動作を反復し、体に染み込ませれば、いざという時、心が動揺していても、良い働きができるわけじゃ」
 それを聞いた僕の口から、自然と質問が飛び出た。
「……だから、戦闘機も毎日のように飛んでいるんですか?」
 言ってから僕は、ぐるりと首を回して空を仰いだ。
「今日は飛んでませんけど」
 老人は自分の論説があまり僕の興味を惹かなかったことに落胆するかと思いきや、気前の良さそうな笑顔でこう応じた。
「その通りだよ、ぼうや……それから、今日、貴族が飛んでいないのは、そう決まっているからじゃ」
 無感動に老人の話を聞いていた僕だったが、これには少し驚いた。戦闘機が飛ばない日が決められてるって? そんな馬鹿な。
「え? 決まっているって? お屋敷でパーティーでもあるんですか?」
 僕のこの発言は老人を満足させたようで、老人は愉快そうに笑った。
「いや、そうじゃない。昔、平民が領主に認めさせたんじゃよ。月に一度、高射砲の射撃訓練をするから、その時は戦闘機を飛ばすな、とな。危なっかしいから」
「でも、バーバリアンが来たら……」
「その時はほれ、あそこのスピーカーから」
 老人は木の杖で、電柱に据え付けられた拡声器を指した。
「空襲警報が鳴る。領主はレーダーで、島の周囲を常に監視しとるからの。警報が鳴ったら、射撃訓練はすぐにやめる。やめなくても、領主は警報さえ鳴らせば自由に飛んでいいことになっとる」
 そんな話を聞いて、僕は狐につままれたような顔をしたと思う。
「この空港だってのう、昔はなかったんじゃ。それを、平民が領主に認めさせて、作らせたんじゃぞ」
 老人は両手を大きく振った。まるでこの広くて汚い空港が、みんな自分のものであるかのように。
「わしがまだ若かった頃……当時は二代前の領主だったか……領主が出した増税の布告で、島中が大騒ぎでのう」
 何やら深刻な話だったが、その割には老人は実に楽しそうに語った。
「増税で得をする島民もいれば、損をする島民、損にも得にもならない島民がおって、それぞれ対立しておった……いま思えば、あれも領主の策略だったんだのう。しかしある時、領主を公然と批判していることで有名だった男が、急病で倒れ、領主の飛行場に担ぎ込まれた……島で治せない急病人が出ると、あそこから飛行機が飛ぶんじゃ……しかし、飛行機は飛ばなかった。当時の領主が、夜は飛べないだの、整備ができてないだの、その他にいくつも理由をでっち上げて、飛ばさなかったんじゃ。そうこうするうちに男は死んだ。これには、それまでいがみあっていた島民が一致して怒って、屋敷につめかけたんじゃ……その後もいろいろあって、結局、増税は防げなかったが、島民の飛行場を新しく作ることが決まった」
 それがこの飛行場か、と僕は思った。けれど、僕はあまり感動とか、精神の高揚みたいなものは感じなかった。だって目の前にあるのは、荒れ果てた広場で、島の人たちがそこを飛行場と呼んでいるだけだと思ったから。そして僕の感想はおそらく正しかった。
「おい、じいさん。また子供相手に退屈な話をしているのかい」
 一人の若者が、高射砲を離れて歩いてきた。順番を次の島民と代わったようだ。
「何が退屈なものか。大事な話じゃ」
「はいはい」
 若者は老人の抗議に否定も肯定も返さず、僕を挟んで老人の反対側に座り込んだ。
「まあ、貴族がろくでなしだっていうのには、俺も同感さ」
「……貴族って、ろくでなしなんですか?」
 若者は老人ほど分かりやすく反応しなかったが、微妙な口調の変化から察するに、この僕の問いも、どうやら彼を喜ばせたようだった。
「今は、領主とその息子が戦闘機を飛ばしてるだろ? あの息子っていうのが、俺にはどうも気にくわなくてさ……」
 だが、そこまで言ってから、若者は言葉を濁すように口をつぐんだ。僕が先を促すように若者の顔を覗き込んでも、彼は何も言わない。すると今度は老人が喜びだした。
「あーあーあれじゃろ。あのことをまだ根に持ってるんじゃろお前は」
 はやし立てる老人に、若者は嫌そうな顔をした。
「うるせえよ、じいさん」
「なんじゃ。お前が言う気がないならわしが教えてやろう。あれはこの若造がはなたれ小僧だった時の……」
「あーやめろ、じいさんが言うとどんな尾ひれがつくか分からん……そうさ、俺がお前ぐらいの歳だった時、いつものように遊んでいたら、いつの間にか見かけない子供が紛れ込んでいた……でもまあ、俺たちもみんな小さかったんで、そのまま遊んでたんだな。今思えば、あの野郎、良い服を着て、肌の艶もいやに良かったんだが、そんなのは気にしちゃいなかった……そしたら夕方になって、車が来てよ、中から屋敷の使用人の格好をした男が出てきて、その見慣れない子供を連れてっちまった。おまけに後から他の使用人がぞろぞろ来てよ、親も呼ばれて、みんなでこっぴどく怒られた。あのいつの間にか紛れ込んでいた子供は、領主のバカ息子だったんだとよ。貴族様のご乱心のせいで、こっちはとんだとばっちりさ……あーあ、あいつの兄貴は、少しはまともだった気がするんだがなあ」
「わしゃ、あの末っ子の方が好きじゃな」老人は言った。「弟の方は気さくなやつじゃ。兄貴はどうも、見栄を張るというか、ええかっこしいなところがあった」
 僕は領主にもう一人息子がいることさえ初めて知ったが、それ以上に、二人が領主の長男を語る時、過去形で言うのが気になった。
「その兄の方は、今はどうしてるんですか」
 僕が聞くと、老人はぶっきらぼうに言った。
「死んだよ……バーバリアンに撃墜されてな」
 だから今は、青い線が入った戦闘機には、弟が乗っているのだと、老人は言った。