come_over

移り住んだ島が、僕はそんなに嫌いじゃなかった。

 

何もないその島に、ただ一つ、それはあった。

 

島に二つしかない貴重な飛行場のうち、一つを丸々占有して、好きな時、好きなように飛んでいく、二機のジェット戦闘機が。

 

聞けば、それには島の領主が、貴族が乗っているのだという……

 

掲載時期 ジャンル 分類 分量
2013年9月 ファンタジー 短編 7ページ

 

 

 僕がこの島で暮らすようになってから、どれぐらい経っただろう。
 いつもみたいに、僕の周りを取り囲むように生い茂る、背の高いライ麦を、両手で円を描くように押しのけて、僕は青い空を見上げた。そして考えた。どれぐらいこうして、空を見上げたことだろう。
 季節感があまりないこの島だけど、たぶん、まだ一年は経っていないはずだ。
 家の仕事の都合で、僕はこの島にやってきた。自転車なら半日もしないで一周できてしまうほどの、何にもない小さな島だ。
 でも、絵本作家が判で押したように描くのと違って、都会から来た僕は、この島が嫌い、ってわけじゃない。
 だって、この島には確かに何もないけれど、都会にだって何もなかったんだ。ガラスケースの中のおもちゃも、盛装した人々が列を作る見世物も、お金がなければ何にもならなかった。だから、都会には何もなかったんだ。この島と同じさ。

 でも、一つだけ。その一つだけは、何かが違った。
 僕がライ麦畑に作った隙間から、青い空がのぞいている。その小さな、いびつに丸い空を横切る、一粒の白い影。
 少し遅れて、ごうっ――と、未だに耳慣れない、その音が鳴り響いていくる。
 ジェットエンジンとか、戦闘機とか、そういうものは、まだ僕には分からなかったけれど。
 でも、すごくすごく、僕はその不思議な機械のことを気にしていた。
 さっき書いたことを、僕は書き直さなくちゃならない。
 この島は確かに、何もない島だ。
 でも、一つだけ。
 この島に二つしかない貴重な飛行場のうち、一つを丸々占有して、好きな時、好きなように飛んでいく、二機のジェット戦闘機……それが、この島にはあった。

 

 あれは何、と、僕は島に来たばかりの時、父に聞いたことがある。
 父は機械油にまみれて、仕事場――というより、納屋に近かったかもしれない――の椅子に腰掛けながら、牛を直していた。牛の左後ろ脚が不具合を起こして、自由に歩けなくなり、草が食べられなくなったのだ。草が食べられないと、牛から油が絞れなくなる。牛から採れる機械油は、島の大事な商品なのだ。
 あれは島に来てから五日と経っていなかったころだと思うけれど、納屋も母屋も、すごく使い古されていた。前の住人が何十年も住んでいたのだから、当たり前だ。その前の住人も、その前の住人も、何十年と住んでいただろう。
 だから納屋には機械油の臭いが染み込んでいて、その臭いは、僕が納屋に入るたびに、壁から出てきて鼻をつついた。黒い汚れもあちこちにこびりついていて、それは僕が納屋に入る度に、僕の瞳から光を吸い取っていった。だから納屋はいつも薄暗く見えた。
 あれか、と父はぶっきらぼうに言った。あれは戦闘機だよ、と。
「戦闘機って何?」
「バーバリアンを追い払うんだ」
「バーバリアンって?」
「家畜を狙ってやってくるんだよ。この牛を見てみろ。体中が鉄で出来てて、中には油がたっぷりと詰まってる。こいつを二、三頭も食えば、小型のバーバリアンなら腹が一杯さ」
「へえ……」
 納屋の入り口に立っている僕の頭の上を、戦闘機が旋回しながら飛んでいった。
「あんな家畜、どうやってしつけるんだろう……」
 ぼうっと僕が言ったのを、父はため息交じりにいなした。
「馬鹿だな。あれにはな、人間が乗っているんだ」
 僕はびっくりして父に視線を戻した。
「人間が? あれに?」
「そうさ。戦闘機は人間を乗せて戦うんだ……お前まさか、乗ってみたいなんて思ってるんじゃないだろうな」
「え……」
 実際のところ、僕はそんなこと、考えてもみなかった。けれど父は、小さな男の子がいかにも考えそうなことだとでも言いたげに、僕に向き直った。
「お前が戦闘機に乗りたいなら、傭兵になるしかない。そんなのはやめておけ。傭兵なんか、まともな機体は与えられない。報酬も、機体の修理費や、弾代を払えば消えちまう」

「……いま飛んでいったのも、傭兵なの?」
「あれは違うさ。貴族様のだ」
「貴族?」
「この島の領主さ。生まれながらの金持ちだよ。そういうやつは、金に糸目はつけないんだ。つける必要もない……生まれが違うってことだよ。分かったら、そんなとこに突っ立ってないで、さっさと仕事を手伝え」