one_day_morning

ある日の朝、僕が学校に来ると「彼女」はクラスで孤立していた。

僕は弱り切った「彼女」を助けるために、彼女の手を引いて、教室を抜け出す。


 

掲載時期

ジャンル

分類

分量

2015年12月

恋愛

短編

4ページ

 

 

 

 その日の朝、僕が高校のいつもの教室に入ると、どうも様子がおかしかった。
 みんなが、ある女の子の噂話をしていた。それは、どんな話だったか、どうしても思い出せないのだけれど、とにかく、とても悪い内容の噂話だった。
 僕はその、クラスのみんなが、あの女の子の悪口を言い合っているという光景を前にして、愕然となってしまった。だって彼女は、綺麗で、勉強もできて、性格だって素敵な人で、誰にでも好かれるような人だった。もちろん、僕だって、彼女のことが好きだった。それが、ある日突然、こんな風になるなんて……。
 先生が入ってきて、授業が始まった。けれど、噂話を流されていた例の女の子は、教室に姿を見せなかった。僕は彼女のことがずっとずっと気になっていて、頭の中も心の中も、とても授業どころじゃなかった。
 休み時間になって、僕はふと、何気なく廊下に出た。もしかしたら、彼女を探しに行こうと思ったのかもしれなかったけれど、その時点では、そこまでしっかりした気持ちはなかった。
 しかしすぐに、僕はとても驚くことになる。
 僕が廊下に一歩出ると、その光景は嫌でも目に飛び込んできた。教室のドアを挟んで廊下側、すぐ目の前に、机と椅子が置いてあった。机の上にはノートと教科書が広げられていて、椅子には、例の、綺麗で、勉強ができて、素敵で、誰にでも好かれていて、僕にも好かれていて、なのに悪い噂を流されている、彼女が座っていた。
 僕の記憶の中の彼女は、いつだって明るく笑っていて、毎日がすごく楽しそうで、つい嫉妬してしまうぐらいに幸せそうな、そんな人だった。
 けれどその彼女は今、机に向かってうなだれていて、そのせいで、大きくて綺麗な瞳は、前髪で完全に隠れてしまっていた。廊下の空気は、教室のそれよりも冷たくて、彼女は、薄ら寒いその空気から身を守ろうとしているのか、身を縮めて前屈みになっていた。
 僕が、そんな惨めな彼女を見て感じたのは、ただ、彼女を助けてあげなければならない、ということだった。
 それは、とても勇気のいることではあったけれど、でも僕は勇気を出して、身をかがめて腕を伸ばして、彼女の肩を抱き寄せた。そうして僕は、彼女を温めようとした。すると、彼女はようやく顔を上げて、呆然とした表情のままではあったけれど、確かに僕を見た。彼女は僕の腕を拒まなかった。
 その時、ふと僕は周囲の視線に気づいて、振り返った。そして、またしても愕然となってしまった。僕たちを遠巻きに見つめる彼ら彼女らの顔つきを見ると、どうやら、弱っている彼女を見て、助けよう、と思ったのは、僕だけだったらしかった。他のみんなは、むしろ弱々しい彼女の姿を見て、気味悪がったり、眉をひそめたりしていて、そんな彼女を抱き寄せる僕については、頭がおかしいんじゃないか、とでも思っているかのようだった。
 だが、僕はそんな連中に構っている場合じゃなかった。彼女をこれ以上、こんな、奇異を見る視線の中に置いておくことは、できなかった。
 僕が口を開こうとすると、彼女は咄嗟に、顔を横へ向けて、耳を寄せてきた。僕は、口元のすぐそばまで迫ってきた、彼女の白い耳たぶにどきりとしつつも、そっと耳に向かってささやいた。

 

 ここじゃないどこかへ行こう。
 抱き合わなくても心地よいぐらい、温かいところへ。
 耳を寄せなくても話せるぐらい、静かなところへ。

 

 それを聞いて、再び僕のことを見た彼女は、声に出して何かを言いはしなかったけれど、嫌がってはいなかった。
 そして、僕は彼女の手を引いて、校舎から抜け出した。