「分かる気がするよ……」
 僕は彼女が言いよどんでいることを当ててみせた。
「君は、魂は存在するのか、って聞きたいんだね? 一足す一はって、そういうことだね? 自分と自分以外を明確に区分する何か。自分と他者を区別し、時間も空間も超えていける、自分だけの物であり、自分そのものである物。そして、何よりも尊い物。それが存在するかと聞いているんだね? そして、人の魂を歪めてしまうような世の中が嫌だ、そう言うんだね?」
「……どうして笑っているの?」
 気がつくと、彼女の言った通り、僕は微笑みながら話しかけていた。
「ごめん、馬鹿にしているんじゃないんだ……ただ、その……惚れ直したんだよ。そんなことを考える君が好きだ」
「出て行って」
「え」
「早く出て行ってよ!」

 

 次の日、僕が秘密の部屋へ入ろうとしてドアノブを回そうとすると、それは回らなかった。どうやら、中から鍵がかかっているようだ。
 僕は無言で立ち尽くした。どうしよう。けれど、ここですごすご帰ったら、男じゃない。
 僕はドア越しに彼女の名前を呼んだ。
「そこにいるんだろ? 返事ぐらいしてくれよ」
 返ってくる言葉はない。
 そのまま、僕は十分ぐらい立ち尽くしていたと思う。
 その時始めて、中から声がした。
「早く帰ってよ」
「やっぱりいたんだ。いや正直、もしかして今日はいないんじゃないかと悩んでたんだよ」
「こっちの悩みの種は魔のストーカー男よ。何よ、来たければ来てもいいって言ったからって毎日来るやつがある? 馬鹿じゃない」
「ごめん。でも、君が好きだから」
「私のことが好きですって?」
 彼女がドアのすぐそばに立つのが分かった。
 薄いドアを隔てて、僕らは向かい合った。
「じゃあ聞くけど、私って何よ」
「君は君だよ」
「そんな頭の悪い誤魔化しなんかにだまされると思ったら大間違い。答えられないなら教えてあげる。いい? 私って言うのはね、可愛くて、社交的で、勉強ができて、優しくて明るくて、それでクラスの人気者で、みんなの憧れ、たったそれだけの存在なのよ。可愛くて、社交的で、勉強ができて、優しくて明るくて、それでクラスの人気者で、みんなの憧れなら、私じゃなくてもいいのよ、みんな」
「続けて」
「私は、私という存在を少しでもいいものにしようとしているだけ。お洒落をするのも、勉強をするのも、みんなに優しくするのも、全部そのため。私もあなたと同じで、他人と競争したり、他人を助けたりすることなんか興味ないのよ。ただ、私っていう、この世で唯一の存在を、いいものにしようとしているだけ」
「それで、何がそんなに気に入らないの」
「私がよりよい私になる度、みんなは寄ってくる。それで、すごいね、とか、好きだ、とか言う。その度に、私の自信は揺らぐ。みんな私を見ていない。みんなは、私を鏡として見ていて、私という鏡を通して、よりよい自分を見たいだけ。優等生と仲良しの自分。可愛い彼女を連れている自分。そういう自分を見たいだけ。でもそんなみんなを見てると、私は自分がどこにいるのか分からなくなる。そして、私自身、周りの人たちを鏡としか見ていないことに気づく。そうだとしたら、人間って何? 周り中鏡だらけで、本当の人間なんか一人もいないじゃないの」
「だからこの秘密の部屋を作ったの? 君が本物だと思う物だけを集めて」
「そうよ。何かおかしい?」
「いや……」
「時々こんな風に考える。私はいつ死ぬんだろう、って。何歳まで生きられるかとか、そういうことじゃない。本物の自分が死ぬのはいつだろうって考える。そしていつも同じ答えが出る。この部屋がなくなる時が、私が死ぬ時よ。いえ、もしかしたら、あなたがこの部屋を見つけた時から、私はもう死んでいたのかもしれない」
「そうかい……それで終わり? じゃあ、今度は僕の番だ」
 僕は一息ついて、気を引き締めた。僕は彼女と付き合いたい。彼女のことをもっと知って、それによって自分のことをもっと知りたいからだ。そのためには、彼女の気持ちを解きほぐさなくちゃいけない。いや、そんな遠回しな表現はしないで言えば、要するに口説かなきゃならないってことだ。