「そうね、あなたって、あまり人と話すタイプじゃないみたいだものね」
 彼女は紅茶を一口して、また言う。
「そう……まるで他人に関心がないみたい」
「正直な所、たぶん、そうなんだと思うな」
 僕が言うと、彼女は少し興味を示した風に表情を変えたので、僕は言葉を続けた。
「他人なんて下らないよ……たぶん向こうも僕のことをそう思っているんだろうけど、そんなことは知ったこっちゃない」
「すごく傲慢に聞こえるけど?」
「他人を貶めたり、他人を助けたりすることが、傲慢じゃないとでも?」
 大好きな彼女にこういう挑発的なことを言うのははばかられたけど、二人っきりで廃校舎の奥の秘密の部屋にいるという特殊な状況が、僕にそれを言わせた。
「じゃあ、あなたの関心はどこにあるの」
「僕は、たぶん僕にしか関心がない。一番狭い意味で言えばね」
「一番狭い意味ならって、どういうこと?」
「たとえば僕は、表面的には、君にすごく関心がある。つまりその……好きってことだ。でもそれはあくまで僕の感情に対する関心なんだ。君といると、僕は意味もなくドキドキする。どうしてだろうって思う。そういう類の関心だ。つまり、恋をしている僕より上の次元に恋をしている僕を見ている僕がいて、恋をしている僕を見て『どうして僕はこんなにも彼女に惹きつけられるんだろう』って思う。それを知りたい。知るために君に近づきたいって思う。だから、一番狭い意味では僕は僕にしか関心がないんだ」
「……他者を絶対的な存在としてではなく、自分との関連で、相対的に見ているのね。そしてそれ故に、自分のことも相対的な存在として捉えているのね」
「難しいことを言うね。よく分からないけど、当たってるような気もするし、違っているような気もする」
「そうね。今のは少し先走り過ぎたかも」
「今度は僕が質問してもいい?」
「駄目」
「理不尽だな」
「一足す一は一なんでしょ」
 僕は沈黙して考えた。ひょっとしてあれは「君は数に入れません」という意味だったんだろうか。つまり、ここでは独立した意志を持った人間扱いされる人間は彼女だけで、僕は人間ではなく、言ってみれば奴隷のようなものであると。ぞっとしない考えだった。
「でも、私が紅茶を飲みながら考える間なら、質問してもいいわ」
「本当? それじゃあまず……この部屋は何?」
「何に見えるかしら」
「えっと……秘密基地かな」
 ティーカップから離れた彼女の唇が、笑っていた。薄くてピンク色の綺麗な唇。僕はそっと目を逸らす。
「ここはね……私なのよ」
「え?」
「この部屋は私。私はこの部屋。あなたは今、私の中にいるの」
「……」
 僕は思わず、首をぐるりと回して部屋を見渡した。
 陽光しか差し込まない薄暗い部屋。二つきりのついたてでこしらえたささやかな本棚、編みかけの何かが入ったバスケット、黒板に貼り付けられた正体不明の抽象画、目の前の紅茶。そしてこの部屋にいるのは、僕と、向かいに座る彼女の二人きり。
 もし……もしこの世に「彼女の部屋」があったとして、しかしそれはもっと明るく華やいでいるはずだった。もっと広くて、人もたくさんいるはずだった。ところが、ここにはほとんど何もない。空っぽで、空虚で、孤独だ。そんな部屋を彼女は自分だと言う。こんなことってあるだろうか。
「今日は話はもう終わり」
 彼女は言った。
「それを飲んだら帰って」
 僕はおそるおそるティーカップに手を伸ばし、持ち上げ、紅茶に口をつけた。砂糖もミルクも入っていないそれは、香ばしくて、少し苦かった。
「来たければ、また来てもいいわ」