いつものように家に帰って、夕食を食べ、宿題をして、寝て、起きて、また学校へと行った。もう戦争特番はやっていなかった。ただ、いつものニュース番組の中で、僕の国と同盟国が優勢だと言っているだけだ。敵機を何機撃墜したとか、戦車を何両撃破したとか、そういうことを言っている。半島から何度も弾道ミサイルが発射されたらしいが、ことごとく撃ち落とされたらしい。なんだか、半島の人が少し可哀想になってきた。
  そんな日々が一週間も続いた。僕の周りでも、ささやかな変化があった。それは、教室の女子達のかしましい会話の中で明らかにされた。
「ねえ、聞いてよ。Xちゃんのお父さん、再就職先が決まったんだって」
「わあ、良かったね」
「うん。お小遣いが復活したから、また遊びに行けるって言ってた」
「どこで働くんだって?」
「お菓子工場だって。なんか、戦争にお菓子が使われてる……? とかなんとかで、いま人が足りないんだってよ」
  そういえば、貧しい国の兵士に降伏を呼びかけるために、空からお菓子をばらまくとか聞いたことがある。
「へー。あ、そういえば、Yちゃんのお父さんの電機会社も、仕事が増えて忙しいんだって。戦争のおかげらしいよ」
「そうなんだ」
「なんだか、戦争って悪いことだと思ってたけど、こんなことならもっと早く始めれば良かった気がするね」
「あはは。Zちゃんそれ不謹慎~!」
  女の子達は高らかに笑った。
  僕は、そんなものかなあ、と思ってぼんやりしていた。けれど、そうではない人がいた。
「あなたたち、いい加減にしなさいよ!」
  怒鳴るような大声でそう言いながらくってかかって言ったのは、Sさんだった。
「今はそうやって笑っていられるけどね、本当は戦争なんてこんなもんじゃないんだから。あと一年か二年もすれば、私たちの街の上を敵の爆撃機が我が物顔で飛び回って、何百トンっていう爆弾を落としていって、あなたたちみたいな騒がしいだけで頭が空っぽの子なんか、きゃあきゃあ悲鳴あげてるうちに火に巻かれて焼け死んじゃうんだから」
  騒いでいた女の子たちは、かなり険悪そうな顔をしながら、潮が引くようにその場を立ち去った。
  Sさんは、このクラスの委員長だ。みんなが嫌がることでも進んで引き受けてくれる、良く言えばいい人、悪く言えば都合のいい人だった。

    

  次の日、半島の敵国の首都が陥落したというニュースを見てから学校に行くと、Sさんが女の子たちに取り囲まれていた。
「Sさん、昨日は確か、一日か二日で敵の爆撃機が、とか言ってたわよね」
「私は、一年か二年って言ったのよ」
「あら、ごめんなさい。でも、あれからたった一日でこういうことになっちゃったから、私ってばびっくりして。首都を失ったあの国が、あと一年か二年で逆襲を始めるのか、って」
「何が言いたいの」
「別に。ただ、Sさんってクラス委員長もやってて、いい人なんだなって思ってたのに、昨日みたいなこと言うなんて、少し意外だったのよ」
「何が意外だったって?」
「もう忘れちゃったの。私たちみたいな馬鹿なんか、空襲で焼け死んじゃえって言ったじゃない」
「言ってないわ」
「見苦しいわね。嘘をつくなんて」
「でも、嘘をつきたくなる気持ちも分かるわよ。あんな酷いことを言うなんて」
「世が世なら非国民よ」
  Sさんは黙りこんでしまった。
  それを見た僕は、彼女たちのところへ近づいていった。
「もう、やめてくれないかな」
  Sさんの周りの女の子たちが、僕の方を向いた。
「何よ、あなた」
「戦争の話は、あんまりしないでくれないかな」
「どうして。私たちの勝手でしょ」
  僕は言った。
「……僕の親戚のおじさんが、戦争に行ってるから。だから、あんまり聞きたくないんだ」
  それを聞くと、女の子たちは少しうろたえて「ご、ごめんなさい」と言って、どこかへ行ってしまった。

    

  放課後の帰り道で、僕は後ろから呼び止める声を聞いた。振り返ると、Sさんが走って僕に追いついてきた。
「今朝はありがとう」
  と彼女は言う。続けて彼女は
「おじさん、無事に帰ってくるといいね」
  とも言った。僕は軽く苦笑いをして
「実は、そんなおじさん、いないんだ。嘘だったんだよ」
  Sさんはとても意外そうな顔をしたので、僕は「内緒にしてね」と声をひそめて言った。
「わ、分かった」
  と、Sさんは言った。
  話の流れというやつで、僕とSさんは一緒に帰ることになった。
  道すがら、戦争のことを話した。僕はその中で、思いきってSさんにこう切り出した。
「Sさん、これは君を責めるわけでは決してないんだけれど、昨日言ったこと、君は本気でそう思っているの?」
  僕がちょっとばかり真剣にそう聞いたせいか、Sさんはしばらく何も言わないで、ただ僕の歩調に合わせて歩いていた。そして、言葉をこぼすように言った。
「半分ぐらい、そう思っている」
「どうして?」
「だって、おかしいもん」
  そう言うと、Sさんはあかね色の空を持ち上げるみたいに両腕を広げて見せた。
「おかしいでしょ。戦争だっていうのに、みんな平気な顔して、いつもどおりの生活をしている。今にきっと、天罰が下るわ。たくさん死ぬのよ。ううん。本当はもう既にたくさん死んでいるのかも。政府が情報統制をしているのかも。いずれにせよ、遅かれ早かれみんな死ぬことになるわ。それが戦争ってものでしょう? 違う?」
  僕は何にも答えられなかった。