僕がやっと開戦を実感したのは、学校に着くなり開かれた臨時の全校朝礼においてだった。
  校庭に全校生徒が集められて、朝礼台に校長先生が登った。
  そういえば、と僕は思う。戦争中――「昔の」戦争中――の生活を描いた映画でも、同じように学校があって、朝礼があって、朝礼台があったなあ、と、僕は昔も今も大して変わらないんだなあ、という感想を持った。
  そして、僕は校長の演説にちょっとばかり期待を寄せていた。きっと校長はこう言うんだろう。世の中の戦争が全て悪いわけではありません、してみれば、今回始まったのは、正義の戦争です、皆さんもこの戦争において正義が成されるよう、全力を尽くしてお国のために奉公しましょう、ついては、今日から皆さんには軍需工場で働いてもらいます、ここに一から四までのくじがあります、一を引いた人は弾薬工場、二を引いた人はミサイル工場、三を引いた人は戦闘機工場、四を引いた人は缶詰工場に……という具合だ。
  実際に校長が言ったのは、次のようなことだった。残念なことに、戦争が始まってしまいました。この戦争に賛成の人も、反対の人も、皆さんの心の中には、様々な思いがあると思います。ですが、今、私たちができる最善のことは、いつも通りの生活を続けることです。遠い国で争いが行われていても、私たちの国、私たちの学校では、今までどおりの平和な生活を続けましょう。それこそが、私たちができる、唯一にして最大の「良きこと」なのです……。
  僕は校長の正気を疑った。だって、戦争なんだぞ? 今までどおり、毎日学校に通って、勉強なんかしていていいのか? そんなことしてたら、負けちゃうんじゃないのか? もしかして、僕の学校の、あの校長だけがこんなことを言っているんだろうか。あの校長は、生徒たちを動員しろという教育委員会の命令を拒否した英雄なのか? よその学校の校長達は、全く別の意味で英雄的な演説をしているのか? 僕にはどちらとも判断がつかなかった。
  けれど、生徒たちの中には、校長の話を聞いて安心した者が多いようだった。朝礼からの帰り道、彼または彼女らが晴れやかな顔でおしゃべりをしながら教室に戻る様子を、僕はまじまじと見聞きしていた。

    

  授業は滞りなく行われた。校庭に爆弾が落ちて窓ガラスが割れることも、竹槍を持たされて軍事訓練をやらされることもなかったし、避難訓練さえ行われなかった。
  午後の一番終わりの授業の最中に、全校放送がプッツンと音を立てた。
「えー、皆さん、落ち着いて聞いて下さい」
  校長は、またしても僕の期待を裏切った。
「先ほど入った連絡によると、半島から我が国に向けて弾道ミサイルが発射された模様です。ですが、ご安心下さい。弾道ミサイルは、我が国のミサイル防衛部隊によって、全て撃墜されました。危険はないので、安心して、今まで通りの生活を続けて下さい」
  生徒たちの多くが「おおー」という感嘆の声を漏らした。すると教師が「はい。授業に戻るぞ」と呼びかける。生徒たちはそれに従う。