なぜ、そんなことをしたか……ですか?
  では逆にお聞きしますが、他のみんなはなぜそうしないのですか?
  自衛隊の兵力は約二十五万人です。これは諸外国と比べて決して多いとは言えませんが、日本では銃規制が厳しいことを考えれば、自衛隊は日本で最強の暴力を持っていると言っていいでしょう。現に、自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣です。
  しかし、だからといって、この国の最高権力者は内閣総理大臣でしょうか……? 考えても見てください。総理大臣は、銃の撃ち方一つ知りやしませんよ。それでもなお、総理大臣は日本で最強の暴力を持っていると言えるでしょうか……?
  では、日本で最強の暴力を持っているのでは誰でしょう? 自衛隊の将官でしょうか? それも疑問です。総理大臣と同じで、彼らは命令を出す権威を持っているだけですから。
  とすれば、日本で最強の暴力を持っているのは、最前線で兵器を撃ち合って戦う、末端の自衛官だということになります。しかし、彼らの権力は実際にはとても小さい……暴力は権力のはずです。直接間接の暴力こそが、相手に自分の意志を強制するもっとも有効な手段なのですから。
  いえね、私は、自衛官の権利の話をしたいのではありません。
  なぜ自衛官達は反乱を起こさないのかという話をしたいのです。普通に考えれば、反乱を起こさない方がおかしい。基地さえ提供すればアメリカは介入しないだろうし、自衛官が結束さえすれば、絶対に負けっこない。
  たとえば、習志野の特殊作戦群や第一空挺団が、開会中の国会に突入して議員を皆殺しにすることなど、物理的には造作もないことです。結束さえすればね。
  そうして政権を乗っ取った後、行政は官僚任せにでもして、自分たちは税金からちょっと分け前をもらっていい暮らしでもなんでもすればいい。逆らうやつは殺せば済む話だ。街頭デモすら白い目で見る国民なんて、銃で脅せば今までどおり働き続けるに決まってる。金も女も思いのままだ。しかし、実際にはそうはならない。
  これがアメリカなら話は分かりますよ。アメリカでは、三億人の国民がほぼそれと同じぐらいの数の銃で武装している。いくらアメリカの各軍が総計で二百万以上の兵力を持っているとはいえ、反乱を起こして成功すると思う方がおかしい。
  しかし、日本はそうではない。国民が銃を持っていない日本で、自衛隊が反乱を起こせば、必ず上手くいく。
  というか、反乱が起こらないのが不思議なんですよ、私には……。
  だから、試してみようと思ったんです。
  本当に上手くいくのかをね。

  

  陸地上空に入ると、私はレーダーはもちろん、無線も、電波高度計も、電波を発する機器全ての電源を切りました。そして、もっぱら肉眼を頼りにして、低空高速飛行で目的地へと向かったのです。
  しばらく飛行すると、長野県の山麓に近づきました。私は地上に人家が少ないのを確認して――というのも、おかしな話ですが――増槽を投下しました。
  いえ、攻撃する意図があったわけではありません。増槽というのは、機外燃料タンクのことです。翼の下に取り付ける、追加の燃料タンクですよ。これをつけて遠くまで飛んだ後、戦闘に入る時に空気抵抗を減らして身軽になるために切り離すんです。
  ええ、ええ、そうですね。この時点で私に犯意があったこと、つまり計画的犯行であることの証明になると思います。
  増槽を投下して山脈を越えた私は、西側から目標空域に侵入しました。眼下には、急に人家が増えてきました。八王子のあたりに入ったときには、はっきりと分かりましたね。航法の訓練はみっちり受けていたので、間違いないと思いました。