invisible_powerその男は語り始める……なぜ航空自衛隊の戦闘機パイロットである自分が、突如として編隊を外れて、あの大事件を起こしたのかを……彼は、「透明な力」を目にすることができたのだろうか?

  


  

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2012年11月

SF

完結した短編

5ページ

 

  

  思えば私は、ずっとそのことを考えていたのでしょう。
  頭の中で、何回もシミュレーションを繰り返していました。計算機まで用いて、目的地にたどり着くまでに必要な燃料の量を計算したりも、したことがありました。
  それでも、そんな機会は一度も訪れないと思っていたのです。
  しかし、それは私の前に現れてしまいました。

  

  ロシア軍の偵察機が日本の防空識別圏を侵犯するのは、よくあることです。しかし、防空識別圏は領空とは違い、領空侵犯を防止するために設けられている緩衝地帯に過ぎないので、それだけでは特にニュースにはなりません。
  その日も、いつものように、F-15――航空自衛隊の主力戦闘機です――に乗った私たちは、ロシア軍機が防空識別圏を出て基地へと帰っていったあと、帰路につきました。
  F-15は単座、つまり一人乗りですが、私たち、と言ったのは、我々戦闘機乗りはいつも二機一組で行動するからです。
  その日は、私が新人を率いていました。アラート待機に入る前に聞いた限りでは、雲量は三、風はほとんどなく、良い天気でした。時刻は二時頃で、高度三万フィートから見渡す空は綺麗なものでした。いつもどおりに見えました……何もかもが。

  

  いつもと少し違ったのは、燃料が豊富にあったことです。これは順を追って説明しなければなりません。ロシア軍の偵察機というのは、カメラを積んだ戦闘機ではなくて、大型の電子偵察機です。旅客機ほどの大きさの機体にたっぷりと電子装置を積み込んで、こちらが出すレーダーの電波や、無線交信を傍受しているのですね。こういった機体は、私が乗るような戦闘機と比べて航続距離が長く、場合によっては、私たちは入れ替わり立ち替わり、交代で相手を監視しなければなりません。さっきも言ったように、防空識別圏は領空とは違うので、防空識別圏に入っただけでは撃墜などはできませんからね。だから監視し続けるのです。
  交代する度に基地に着陸してまた離陸するのは無駄が多いので、空中給油というものがあります。燃料を満載した大型の飛行機と管を接続して、空を飛びながら燃料を分けてもらうのです。
  あの時、私たちは空中給油を終えたばかりで、燃料がたっぷりありました。ところが、そうしてロシア軍機の元へ戻ろうとしたところで、指揮所から通信が入って、ロシア軍機は防空識別圏を出て危険は去ったから、帰投せよとの命令が出されたのです。
  え……? ああ、あなたは、私がロシア軍とつながっているのではないかとお疑いなのですね。ですが、そういうことはありません。あれは全くの偶然でした。
  ともかく、そういうわけで、いつもと違い、燃料が豊富にありました。
  そこで私は、かねてからの計画を実行することにしました。

  

  私は部下を連れて、小松への帰路へとつきました。石川県にある、小松基地です。
  しかし、私はその途中で、急激に高度を落としました。
  驚く部下に、私は、与圧装置の故障だ、と説明しました。コクピットは与圧されていますが、稀に与圧装置が故障してしまうと、音を立てて急激に減圧します。酸素マスクがあるので致命的な故障ではありませんが、気温が下がるので居住性が劣悪になり、もっと言えば、操縦に集中できなくなります。対策は、気圧が十分に高いところまで高度を落とすことです。
  部下は了解の返事を返し、ついてこようとしましたが、私は高高度を単独で帰投するように命じました。騒音で住民に迷惑をかけるから、と言い訳しました。部下は怪訝そうな声をしつつも、命令を受け入れました。
  こうして私は一人になりました。
  一人になった私は、かねてから暗記していた緯度と経度を、航法装置に入力しました。HUD――透明な板に光を投影して情報を表示する装置です――に、向かうべき方向が表示されます。私はレーダーに見つかりにくいよう、低空を這うように飛び、HUDの指し示す方に飛び続けました。