俺は覆面たちの車に乗せられ、手錠は取ってもらえたのだが、また目隠しをされた。車を降ろされると、目隠しをしたまま歩かされた。何回か階段を下りたことと、空気がよどんでじめじめしていることから、ここは地下だと思った。
 座らされ、目隠しを取られると、そこは方形の小さい部屋だった。
「やあ」
 目の前に、この期に及んで七三分けの男が、テーブルを挟んで座っている。テーブルの上では、コーヒーが二人分、湯気を立てていた。
「あ、あんたは……」
「いやあ、君には迷惑をかけたね。申し訳ない」
「迷惑どころじゃないぞ、この七三分けめ……」
「ああ、これかい。あの面接の時、初めてこの髪型にしたんだけど、気に入ってしまってねえ」
「そんなことは聞いてない。何が目的だ」
「革命だ」
「……いや、そういう大きい話をしたかったわけじゃなくて。差し当たっては俺を誘拐した理由を聞きたいんだが」
「誘拐とはご挨拶だな」
 七三分けは頭上の地球を見せびらかすかのように両手を広げた。
「僕は解放したんだよ、君を。君はあのまま行けば確実に死刑になってた。公式には行方不明者になるけどね。就職難を苦にした自殺……良くあることだ。嘆かわしいことに」
「どこにそんな保証がある」
「過去の事例を見れば分かる」
 そんな話は聞いたことがなかった。
「報道はされないがね」
 と言いつつ、男はコーヒーを一口。
「そんな例はごまんとある。ネット掲示板で、公安刑事の反体制的な書き込みに賛同した男がどうなったか知っているかい、君は。公安と裏で繋がっている、右翼団体の街宣車に唾を吐いた老人の運命は?」
「……」
「信じられないのも無理はない。まあ、それは置いておいて、差し当たっては、君のことを話そうじゃないか。君は自分の罪状を何と説明された?」
「平和に対する罪」
「具体的には?」
「俺がブログを通して、反体制派の宣伝活動をしたと。あんなブログを見たら、働かない人が増えるから」
「君はそれを信じてるのかい」
「……まあ、俺はだまされたから無罪だが、事実ではあるかな、と」
「事実? よく考えて見たまえよ。君はあのブログでどんな悪いことをした? 誰を傷つけた?」
 言われて考えて見れば……何も悪いことはしていない。
「だろ? まあ、公安の本音は他にもあって、お金をかけない遊び方が知れ渡ると、企業が作った商品が売れなくなる、というのもあるがね。そうなったら税収が減って、あの公安刑事たちの給料も減らされるんだ」
「じゃあやっぱり、俺は罪を犯したんじゃ……」
「君は革命を犯罪だと思うかね」
「は?」
「どうなんだ」
「……革命は非常事態だから……犯罪とかいう枠組みには入らないんじゃないかな」
「その通り」
 七三分けはコーヒーカップを置いて真顔になった。
「技術が進歩する時、政治体制はいつも革命されてきた。農耕と牧畜が原始的な権力構造を生み、機械が発達して産業革命が起こると民主主義という名の多数派による独裁が生まれた。今、インターネットが世界を革命しようとしている。それを秩序に反する動きとして抑え込もうという向きがあるが、無駄なことだし、するべきことでもない」
「革命って、どうなるっていうんだよ」
「それは僕にも分からない」
「いい加減な革命家だな」
「真面目さほど罪深いものはないよ。虐殺や独裁を行った指導者や革命家は、一人残らず真面目だった。まあ、とにかく、君の話に戻ろう。いいか。君は何も悪いことなんかしていないぞ。実を言えば、僕たちもまさか君が逮捕されるとは思っていなかった。このぐらいなら大丈夫だろうという活動だったんだ。今回のは」
「だから許せっていうのか」
「誠意は見せたつもりだ。救出したんだから」
「結局、俺はいいように利用されたわけだ。革命家っていうのは、いつの世もこんなに身勝手なもんなのかね」
「その辺りは目下の僕たちの悩みの種なんだよ……でもね、考えてもみたまえ。君は半年以上無職だったじゃないか。我々からの報酬がなかったらどうなっていた」
 俺は黙り込んでしまった。俺の両親はしがない年金暮らしで、頼ることはできない。もしあの報酬がなかったら、俺はどうなっていただろう。
「そんな世の中を変えたいとは思わないか」
「……あんたらは、何をしようとしているんだ。いつも、何をしているんだ」
「何もしていないよ」
 七三分けは言った。
「当たり前のことをしているだけだ。取り立てて話すような特別なことは、何もしていない」

 


 

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