「英国への道(一)」が掲載されたことに対応する解説です。

今回掲載分を読んだ方の中には、ちょっと戸惑った方もいるかもしれません。民族問題というのは、普段は意識しないものですからね。それに、意識しないで済んでいるのは、なんだかんだで世界が上手くやっているということですから、ある意味いいことなのですが、でもこれを機会に知っておくのもいいんじゃないかな、と思います。

 

 

ドイツ-フランス と 華北-華南

以前の解説で「中国の華北と華南はもしかしたら別の国だったかもしれない。そのことが本作を書く上で都合が良かったことから、本作でもそのような世界を設定した」と書いたかと思います。

 

また同時に「神聖ローマ帝国がヨーロッパに覇権を確立していたとしたら、ドイツとフランスは同じ国だったかもしれない(主にフランスがドイツに吸収される形で)」として、作中でも一貫して「大陸欧州」と一括りに扱ってきました。

 

しかし、主人公の欧州転戦に伴い、そこのところ突っ込んで書いてみたくなったわけです。

 

作中では当初、桐鞍真はドイツとフランスが言葉も文化も異なる別な民族であることを知らず、ハーロックにその点を指摘されて「お前は欧州のことを何も知らないな」という態度を取られます。

 

日本でも、華北と華南で言葉が違うこと、文化も微妙に異なることを知らない人がしばしばいますが、これが欧米になると知ってる人はほとんどいないのではないでしょうか。小説のドイツ-フランスの違いを指摘する部分は、欧米人に華北-華南の違いを指摘するような気持ちで書いたわけです。

 

ドイツとフランスが違う国だなんて、当たり前じゃないか、とお思いになる方もいるかもしれません。それも無理はないでしょうし、あるいはその通りなのかもしれません。

 

でも、もしも歴史が違って、ドイツとフランスが今も同じ国だったら、私たち日本人はドイツとフランスの違いなんて知らずに暮らしていたかもしれません。だって、見ただけじゃほとんど分かりませんし、言葉だって、ドイツ語とフランス語の間には、日本語と英語ほどの違いはありませんよね?

 

そう考えると、国家や民族の興亡というのは、ちょっと恐ろしいですよね。歴史が違ったら、滅びてしまった民族が今も健在かも知れないし、いま存在している民族が、ずっと昔に滅びてしまって、今はもう誰も覚えていないかもしれないのです。

 

 

日本も、もうちょっと民族問題を考えては……

一方、作中では欧州と中国だけでなく、日本と英国の民族問題にもちょっとだけ触れられています。

 

まず現実の英国から見てみましょう。我々は英国、つまりイギリスイギリスと一括りにしますが、イギリスというのはイングリッシュ、つまりEnglishから来たものです。しかし、イギリスの正式な国号は ”United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”つまり「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」。Englandの単語はどこにもないんですね。

 

もちろん「グレートブリテン」とは連合王国の本土のあの島のことで、イングランドはここに含まれます。しかし同時にそこはスコットランドとウェールズも含みます。

 

歴史的に見ると、この三国は長い争いを経て、イングランドがスコットランドとウェールズを支配下に置く形に落ち着いたわけですね。

 

しかし、名目上対等となって現在でもスコットランドやウェールズ、あるいは来たアイルランドの独立志向あるいは独自志向は根強く、特にスコットランドには分離独立を訴える人が一定数いて、たまに彼らの活動が日本でもニュースになるほどです。

 

 

翻って、日本の民族問題はどうでしょうか。

昔「日本は単一民族国家である」と発言した政治家がひんしゅくを買ったりしましたが、まあいくらなんでもこれは不見識ですよね。

 

AinuGroupアイヌはもちろん、琉球も、民族的には日本民族(あるいは大和民族)とは異なります。また、かつて蝦夷(えみし)と呼ばれた東北地方も、昔は違ったと考えるのも十分妥当性があるでしょうね。細かい例を挙げれば、他にも色々あるようです。(画像はアイヌ民族の人々)

 

「征夷大将軍」という言葉がありますが、これは元々、朝廷から蛮族を討伐する責任者として任命された人物のことです。「征夷」の征は征伐、夷は蝦夷などの異民族(蛮族)を意味するわけです。このことからも、現在の日本民族のあり方が、大和朝廷が異民族を征服していく中で形成されていったということが容易に読み取れますね。

 

もちろん、そのことを蒸し返して独立運動などするのは、必ずしも賢明ではないでしょうし、現地の人のためになるとも限らないでしょう。

 

しかし、たとえば現代の私たちが「日本文化の保護」を考える時にも、日本が列島を統一する過程で失われていった多くの文化がある、ということも、覚えておきたいですね。

 

作中でもこのタイミングで、作品中の大日本帝国の正式な国号が「大和、アイヌ、琉球からなる連合帝国」であることが明らかにされますが、それは私の民族問題に関する考え方を反映したものです。

 

 

ロッホ・ローモンド

最後に、作中に出てくる民謡についても解説したいと思います。

 

作中では、スコットランド兵たちが歌う、このような歌が出てきますね。

 

 美しい丘
 澄み渡った水
 おお、陽光注ぐ我が故郷よ

 

 輝かしきあの日々
 美しい丘、澄み渡った水
 愛しい我が故郷よ

 

 君は生きて祖国へと帰り
 僕は死んで祖国の土となる


 だが、必ずまた会おう
 我らが愛した、丘の上にて

 

これは、実在するスコットランド民謡「ロッホ・ローモンド(Loch Lomond)」を私の手で意訳したものです。日本語として座りがいいようにするため、少々、意訳が過ぎた感がありますがその点はお許し下さい><

 

Maid_of_the_Loch_sideロッホ・ローモンドとはスコットランド語で「ローモンド湖」の意味だそうで、スコットランド語の歌詞は以下のような感じです(出典:英語版Wikipedia「The Bonnie Banks o' Loch Lomond」より。2013/08/24閲覧)(画像はローモンド湖に浮かぶ船)

 

By yon bonnie banks an' by yon bonnie braes
Whaur the sun shines bright on Loch Lomond
Whaur me an' my true love will ne'er meet again On the bonnie, bonnie banks o' Loch Lomon'.

 

O ye'll tak' the high road, and Ah'll tak' the low
And Ah'll be in Scotlan' afore ye
Fir me an' my true love will ne'er meet again
On the bonnie, bonnie banks o' Loch Lomon'.
'Twas there that we perted in yon shady glen
On the steep, steep sides o' Ben Lomon'
Whaur in purple hue, the hielan hills we view
An' the moon comin' oot in the gloamin’.
 
The wee birdies sing an' the wild flouers spring
An' in sunshine the waters are sleeping
But the broken heart it kens, nae second spring again
Tho' the waeful may cease frae their greetin'.

 

作中で記されているとおり、この歌はイングランドとの戦争で敗れたスコットランド兵の立場に立った哀歌です。

 

様々なアーティストに歌われている曲ですが、私のおすすめは「キングズ・シンガーズ(The King’s Singers)」というイギリスのグループの歌ですね。

実は私がこの曲を知ったのは全くの偶然で、ある日、この小説を書いている途中だった頃、車の運転をしながらラジオを聞いていたら、何気なく流れて来た曲なのでした。帰宅するなりすぐに調べてその由来を知り、これはこの作品に出すのにぴったりだと思って勢いで出してしましました。

 

そんなキングズ・シンガーズのカバー版のこの曲は、アカペラで歌われていることもあって、哀歌としての側面が非常に強く出ており、実にいい歌です。

 

このような素晴らしい歌を作れる、高度な文化を持った民族が、今日も存続しているというのは、とてもありがたいことだ思います。いえ、それを言ったら、地球上の全ての民族がそうなのでしょう。

 

しかし、民族と文化の息吹は、ふとした瞬間に簡単に消えてしまうことがあることを、歴史は証明しています。

 

そのことを忘れずに、日々を生きていきたいものです。