――チチキトクスクカエレ
――父、危篤。すぐ帰れ。


 その電報が届いたのは、慰霊式典から幾日も経たない日のことでした。
 四二年の一時帰休の時から、私は実家と何度か手紙のやりとりをしていましたが、父が病気とは知らされていませんでした。しかし、あの父のことですから、ちょっと病気になったぐらいでは息子に弱音を吐かないことぐらい、簡単に想像することができました。
 すぐには帰らない、ということも、できたかもしれません。
 しかし、私はやはり、父にはもう一度会っておかねばならないと思いました。
 学校を辞めて、父に叱責された――いいえ、叱責されなかったあの日から、私の人生は始まりました。今また、新しい人生の一歩を踏み出すなら、もう一度、父に会いに行かねばならない……そう思えたのです。
 問題は、シンシアとマリーばあさんのことでした。
「喜べ、桐鞍」
 私を司令部棟の屋上に呼び出した、後藤が言います。
「お前は少佐として退役になる。大佐が人事にかけ合ってくれた。退役少佐なら、娑婆に戻ってからも、一角の人物として見てもらえる」
「……そんなことで僕が喜ばないことぐらい、お前も、大佐も分かっているだろうに」
 後藤は苦笑しました。
「そうだな。お前が喜ばない話をしなきゃならない。あの件だが、俺も色々調べてはみた。やはり、女の方は、正式に結婚して籍さえ入れてしまえば、なんとでもなる。だが、ばあさんの方は難しい。そもそも、話を聞く限り、身体が船旅に耐えられないだろう」
「連れては行けない、か」
 私は瞑目して考え込みました。いま英国を発ったら、今度訪英できるのはいつになるやら……その頃、国境が自由に往来できるようになっているとは、限りません。
「調べてくれてありがとう。後は自分で考えてみる」
「待て」
 踵を返そうとした私を、後藤が呼び止めます。
「見てみろ」
 後藤は、屋上の金網越しに広がる、英国の田園風景を指さしました。
 川を中心に広がる、広大な麦畑。そこには、少し前に撒かれた種が芽を吹き、まだ幼さを残した緑が広がります。畑の周囲には、生け垣で区切られた放牧場が広がり、点在する石造りの家屋や、雑木林の中では、今日も生命が息づいていることでしょう。
「日本もそうだが……英国は美しい国だ。今はどん底にあるが、きっと良い国になるだろう。そう遠くないうちに、落ち目の日本など、追い抜かれてしまうかもしれない」
「ああ」私は、まるで自分を褒められたかのように、笑みをこぼしました。「僕は、何年も前から知っていたがね」
「……何と言うべきかな」
「なんだ」
「お前がいて助かったと言うべきか、お前がいて楽しかったと言うべきか。迷うところだ」
「……その言葉、そのまま君に返そう」
 後藤と私は、互いに敬礼を交わし、別れました。