家に着くと、何もかもが変わらぬままで、私はようやく人心地がつきました。ただ、季節は初夏で、庭の桜の木がすっかり緑に覆われているのを見て、今年も花見を逃してしまったな、と残念に思いました。三九年の秋に入営して以来、花見の機会を逃すのはこれで三度目でした。誰かにそのことを話そうと思った私でしたが、順繰りに顔を合わせた親族の面々などは、そのことを何とも思っていないようでしたので、言葉に出すのはやめました。まだ私たちが小さい頃は、花見の時期には、家族ばかりか親戚も集まって宴会をして、それはそれは楽しいものだったのに。私はいま現に故郷にいるにも関わらず、胸の奥底に郷愁を感じざるを得ませんでした。
 実家には、長兄だけでなく、次兄の大介も帰ってきていました。目立たない格好をした長兄と違って、小洒落た出で立ちをした次兄は。
「村の英雄のご帰還と聞いて、いてもたってもいられなくなってね。空軍の制服、似合ってるじゃないか」
 と、いたずらっぽく言いました。
 次兄は、昔から勉強はあまりできる方ではありませんでした。が、少年の頃、川辺で拾った綺麗な石を元手に、物々交換を繰り返して、欲しかった模型飛行機を手に入れた(まだ幼かった私にも貸してくれました)経験があるなど、人と付き合ったり人を扱うのが上手く、大学を出て父の下で会社経営に関わり始めると、すぐに頭角を現したという人でした。家督はともかく、父の事業は彼が継ぐのは間違いないと目されていた人です。
「あー、待て、真。上着は脱ぐな。写真を撮る。おい、君、出番だ……よし、こう肩を組んで……笑え」
 私は言われるがまま、どこかから写真機を構えて出てきた男に向かって、次兄と並んで写真を撮りました。
「大介兄さんも相変わらずですね。しかし、今の写真は何に使うんですか」
「色々だが、まあ一言で言うと我が社の宣伝だな。経営者と戦争の英雄が並んで映っていると、会社の信用も増すだろ」
 私は、やれやれと苦笑しましたが、なぜかこの人を憎む気にはなれませんでした……この人は、戦争の罪悪など乗り越えて、純粋にみんなを喜ばせたいだけだ、というのが伝わってきたからです。
 そんなこんなで、私たちは家族そろって、広間にて一堂に会しました。
 上座には、当主である父が座るのはもちろんいつもどおりでしたが、父と机の角を挟んですぐ横の席には、私が座るように言われました。私と向かい合うように長兄が、次いで私の隣に次兄が、という席順です。その席順を見て、私は、軍隊では二階級特進って戦死だよなあ、などと馬鹿なことを考えていました。
「三年ぶりか、真」
 全員が席に着くと、父が切り出しました。
「はい、父上。お久しぶりです」
「戦争で武功を立てたというから、少しは大人になっただろうと思っていたが。相変わらず、生意気そうな面構えじゃないか」
 父はそう言って笑いましたので、私も皮肉を返してやりました。
「父上も、『存外』ご息災なようで、何よりです」
 それを聞いた父は「ふん」と鼻を鳴らす一方で、愉快そうに顔を歪めていました。
 他の面々はそれを黙って聞いていましたが、内心ぞっとしない気持ちでいるのは明らかでした。十代の頃から、私は父と憎まれ口を言い合う習慣ができていましたが、そんなことを許されているのは(あるいはあえてするのは)私だけでした。親戚一同にとっては、桐鞍の当主である父に、皮肉を言うなど考えられもしないことでした。
「……真。戦場での働きは聞いている。ご苦労だった」
「褒められるようなことは、何も」
「そんなことはない。私たちがこうして安穏としていられるのも、真たちのおかげだ」
 すると、次兄から「そうだぞ、真」と声をかけられました。その場にいた数人も、うなずいて同意を示します。
 私はなんだか妙な気分になりました。昔、村の子供とたびたび喧嘩をした時には、みんなに怒られたのに……。
「それより、真。村の歓迎会を、すっぽかしたそうじゃないか」
「はい」
「なぜだ。みんな楽しみにしていたようだぞ」
 私はしばしの間、答えに詰まりました……こういう時、私は真っ赤な嘘をつくのを嫌います。そこで、半分だけ嘘を混ぜて言葉にするのが常でした。
「戦地から帰ってこれなかった戦友たちを思うと……私自身、再び出征すれば、帰ってこられるかどうか」
「……なるほど。皆まで言うな。相分かった。村人には私から言っておこう……では、みんな。真はずいぶん疲れているようだ。あれこれ話もあるだろうが、まずはゆっくり疲れを癒やさせてやろう。夜は宴会だ。食糧が配給制の中、大したことはできんが、戦地での話は、宴会で聞くことにしよう」
「はい」
 私がそう言い、場がお開きになる空気が生じた、その時でした。
「父上!」
 長兄が声を張り上げて、場を制しました。