一九四二年の夏、私たちの飛行隊は順番に休暇を取ることになりました。大抵の先進国では、戦時中でも一時帰休というのはあるもので、この時の休暇もそれでした(驚くべき事に、英国では一時帰休はほとんどなかったと聞き及んでいますが)。
 私は(飛行機を使わせてくれればいいのに……)と内心でひどく毒づきながらも、汽車に揺られて、はるばる九州から関東の実家に帰省しました。
 長旅に凝り固まった肩をほぐしながら、駅を降りて乗合自動車に乗り換えようとしたら、普段着の男性に「真!」と声をかけられました。
 見るとその顔は、外交官として英国に赴任しているはずの長兄、信一でした。
 私はひどく驚いて、どうして兄さんがここに、と聞きました。長兄は軽く笑って「先月帰国したんだ。詳しくは家に着いてから話すよ」と言い、車の助手席に乗るよう私に促しました。
 運転席に座った長兄は、車を走らせながら、戦闘の模様について詳しく聞きたがりました。私は、懐かしい故郷の田園風景で目を癒やしながら、当たり障りのないように答えたつもりでしたが、長兄は私の話しぶりから何か察したのか「ずいぶん苦労したみたいだな……」と漏らしました。
 みんなはどうしているか、と私の方から話を振ると、おおむね元気だ、と長兄は返しました。まだこの時、義弟や三兄は戦死する前でしたし、妹も高射砲兵になったばかりでした。
「村のみんなは?」
「若い男はほとんど軍隊か、じゃなきゃ他の戦争関係の仕事に行ってる。女も都会の工場に働きに行ってるのが多いな。でもまあ、歓迎会は開けるよ」
「歓迎会?」
 私はきょとんとして聞き返しました。ですが、兄は平然と続けます。
「当たり前だろう。お前は、村から出た軍人の中では一番の武勲を立てたんだ。桐鞍家の家系をさかのぼっても、ここしばらくなかったぐらいのな。何と言っても撃墜王だ。村の中心では今、みんなが歓迎の準備をしているよ」
 私は航空決戦の終盤以降、状況が許せば、相手の飛行士から見えるように曳光弾を撃ちこむだけで、敵機を撃墜せずに追い払おうとしていました。大抵の戦闘機はそれで帰っていくのですが、周りが見えていないとおぼしき相手には無視されたり、爆撃機の場合はそもそも銃撃に構わず直進してくるので、そのような仕方ない場合だけ、私は敵機を撃墜しました。協同撃墜と合わせて、この時までに八機の撃墜が公認されていました。
 が、そのことを、昔から知っている村人たちに囲まれて、もてはやされたとしたら、その場はなんとか笑ってごまかせるだろうとは思いましたけれども、事が終わった後に、ひどい自己嫌悪に晒されるのは火を見るよりも明らかでした。
「……信一兄さん」
「ん?」
「村の中心を迂回して、家まで行けませんか」
「おいおい……」
「頼みます」
 長兄は困った顔をしていましたが、懇願するような私の顔を見ると、まず諦めたような顔になって、次に、くすくすと笑い声を漏らしました。
「何がおかしいんです」
「いや。お前は変わらないな……学校を辞めたときから、何も変わらないよ」
 そのすぐ後、長兄は辛うじて聞き取れるようなか細い声で、俺も小さい頃は傲慢の罪なんて知らなかった、と言いましたが、私はどこか触れてはいけない雰囲気を感じたので、聞こえないふりをしましたが。