「戦間期(一)」を掲載したことに対応する解説です。が、今回はまた難しいテーマになりました。

 

検索などでよそから来た方のために、最初に書いておきたいのですが、この記事は筆者が執筆した小説「とある愛国者からの手紙」の解説として書かれたものです。作中では第二次世界大戦の史実を扱いますので、その関係で書くものです。

 

そのため、元が「作者個人の歴史観を土台にしたフィクション」であり、その解説記事という形をとるという都合上、筆者である私としても最善を尽くすものの、以下に記す見解は全ての人に受け入れ可能なものではないかもしれません(蛇足ですが、私は政治思想的にはいわゆる「左翼」です)。

 

そのことをご了承の上でお読みいただければ幸いです。

 

 

この記事で扱う範囲

日本軍の戦争犯罪と一口に言っても、その内容は多岐に渡りますが、恐れながらここでは小説の解説記事という都合上、扱う内容は、作中で言及される案件に限りたいと思います。

 

具体的には、第二次世界大戦中の、次の案件です。

 

・南京大虐殺

・重慶爆撃

・捕虜虐待

・従軍慰安婦問題

 

南京大虐殺については作中第一部で触れました。重慶爆撃については作中では軽く触れただけですが、こちらは日本で知っている人が少ないように思うので、作中よりクローズアップして紹介しようと思います。捕虜虐待については、今回掲載分「大陸進攻(一)」で重点的に取り上げた話です。また、従軍慰安婦問題については、次回掲載分「大陸進攻(二)」で取り上げる予定ですが、解説記事執筆のスケジュール的な問題から、今回の記事で取り上げます。

 

 

南京大虐殺

南京大虐殺とは、当時の中国の首都だった南京市を攻略した日本軍が、市内で虐殺を行ったとされる事件です。

 

かつてその実態について侃々諤々の議論が行われていましたが、まあ一次資料にあたることをせずにその議論を眺めて判断する限り「虐殺はあったが、規模を推定するのはかなり困難」というのが妥当な見方ではないでしょうか。

 

「虐殺はそもそも存在しなかった」と考えるのはかなり不自然ですし「(諸々の理由から)殺害は合法だったから虐殺とは呼べない」というのも、それを認めると原爆投下は正しかったことになりかねないので、論外な意見だと思います。

 

しかし、中国政府が唱える「虐殺被害者30万人説」は、戦前戦後の南京市の人口統計などを見るに、さすがに無理があるように思えます……ただ、じゃあ何人ぐらいなのか、と言われると非常に困るところです。少なくとも責任を持って数値を示すことは難しい。

 

でも、人数なんて「大体このぐらいだが、正確にはよく分からない」という点で合意できれば、そこまで目くじらたてて議論するほどの問題でもないと思いますが……

 

重慶爆撃

重慶爆撃とは、日中戦争において、日本軍が中国内陸部の都市「重慶」に対して行った戦略爆撃のことです。

 

China_Chongqing.svg重慶に対する爆撃が初めて行われたのは1938年なのに対し、日本がアメリカと戦争を始めたのが1941年で、日本本土空襲が本格化するのはそのずっと後ですので、実は「アメリカの空襲で焼け野原になった」とされる日本は、アメリカにやられたのと同じ事を、それより早く中国に対して行っていたのです。

(画像で強調表示されているのが重慶市の位置)


 

もちろん、アメリカによる日本への空襲と、重慶爆撃とは、規模の点で比べものになりません。圧倒的に、アメリカの空襲の方が激しいものでした。しかしそれでも、日本軍の爆撃によって重慶市はかなりの被害を受けたとされます。

 

先に重慶爆撃をやったのが日本だったために、中国人の多くは、日本がアメリカの空襲により大きな被害を受けたことを「自業自得」と思っているのです。

 

もちろん、アメリカがやったことはやったことで非難されなければならないのは言うまでもありません。しかし、中国人が今現在そういう認識でいるということを、一定程度知っておく必要があります。

 

しかも、日本はこの重慶爆撃をあまり熱心に学校で教えていません。我々日本人はよく「中国の学校では間違った歴史を教えている」と言います。それはそれで必ずしも間違っているわけではありませんが、一方で、もし中国の子供が「日本の学校では重慶爆撃を教えていない」と「正しい知識」を聞かされたら、どう思うでしょうか。

 

国や民族という枠を越えて理解と友好を深めたいなら(あるいは巷で言われている「戦略的互恵関係」をこれからも維持したいなら)、そういう視点で物を見ることが大事でしょう。

 

重慶爆撃は確かに、日本が受けた空襲と比べればずっと小規模です。しかし、それでも日本人が広くこの出来事を知ることは、必ず日本の将来を良くすると私は信じます。

 

捕虜虐待

南京大虐殺と重慶爆撃は中国で関心が高い事件で、後に述べる従軍慰安婦問題は韓国で関心が高い案件です。

 

一方、この項で扱う捕虜虐待は、主に欧米での関心が高いようです。

 

 

整理しておきますと「捕虜(ほりょ)」とは、戦争で相手の軍隊に降参して捕まった軍人のことです。

 

元々は、戦争が王侯貴族のものだった中世ヨーロッパにおいて一般的だった「王侯貴族はできるだけ殺さない」という考えが、その後の市民革命などを経て貴族以外にも適用範囲が広まったものと考えられています。

 

が、「捕虜は虐待してはいけない」という取り決めは単なる綺麗事ではなく、一定の合理性があります。

捕虜をとる側からすれば、相手がさっさと降伏してくれれば自軍の損害を軽くできますし、捕虜を虐待しないようにすれば、敵軍は雪崩を打って降伏してくるかもしれません(事実、第二次世界大戦時、ドイツのとある若者が、第一次世界大戦を戦った叔父から「最初に会ったアメリカ軍に降伏すれば生きて帰れる」などとアドバイスされたという話が伝わっています)。

 

一方、戦時中の日本軍は「捕虜になるぐらいなら自決(自殺)しろ」と教えていたことで有名ですが、これは日本側にものすごく不利に働きました。一例を挙げるなら、上に述べた建前から日本軍では万が一捕虜になった場合にどうすればいいかという教育がなされておらず、中には軍事機密をベラベラと喋る捕虜もいたという話です。

 

実際のところ、ある場所で頑張って戦っていた部隊が、独力で勝てる見込みがなくなり、その場所に援軍を送るほどの価値もない場合、司令部にとっては、さっさと降伏してくれた方が「何の意味もないけど頑張って戦ってるから援軍送らなきゃ」というプレッシャーから解放されるのでありがたい、という考え方もあるようです。

たとえば、日本軍は戦時中、孤立した島から守備隊を撤退させる作戦をしばしば行いました(大成功を収めた「キスカ島撤退作戦」が有名)が、これに対して「援軍の見込みがなく、時間を稼ぐ意味もないなら、孤立した守備隊などさっさと降伏させればいい。救出と言えば聞こえはいいが、貴重な艦隊を危険に晒すのはかえって不合理な場合もある」という意見があり、これはこれでもっともらしいと思えます。

 

 

前置きが長くなりました。そういうわけで、捕虜という制度そのものは何も悪いものではなく、また捕虜は虐待してはなりません。

しかし、かといって捕虜を戦争が終わらないうちから相手の国に返してしまったら、また戻って来て戦線復帰してしまうかもしれません。さすがにそこまでお人好しにはなれないので、戦争が続いている間は、捕虜は捕虜収容所というところに収容されます(ただし、捕虜交換といって、敵の捕虜を味方の捕虜と交換する場合もあります)。

 

ただ、日本軍は「捕虜になるぐらいなら~」と教えられていたせいか、敵の捕虜に対する扱いも一般に過酷でした。

 

特に有名なのが「バターン死の行進」と呼ばれる事件で、これは対米戦の初期、連戦連勝していた日本軍が、米兵やフィリピン兵の捕虜を長距離行軍させ、多数を死亡させたというものです。処刑された例もありますが、多くは病死で、故意に死亡させたものではなかったとされるものの、それで数千人の人命が失われたことを免罪するのは無理があるというものです。

 

真珠湾奇襲攻撃もアメリカ人にとって十分に許しがたい出来事でしたが「バターン死の行進」が報道されると、アメリカ人は日本と最後まで戦う決意を固めた、とも言われます。

 

この事件の他、捕虜を処刑したとか、ろくな食事を与えなかったとかいう話は枚挙に暇がありません。

 

食事については、日本側にも物資がなかったという点もありますし、日本兵はやはり捕虜の取り扱いに関する教育をあまり受けていなかったことから、現場にいた末端の日本兵にはいろいろ同情できる部分もあることはあるのですが、だからといって、それを言えば、当時過酷な扱いを受けた連合国の捕虜やその遺族が納得してくれるとも思えません。

 

数の上で言えば稀ではありますが、こうした歴史を知っている欧米人の中には、今でも日本を憎んでいる人がいるという話です。

 

 

従軍慰安婦問題

従軍慰安婦とは軍人の性欲処理のために雇われ、場合によっては遠征する軍隊にも帯同する売春婦のことです。

 

まず最初に言っておきたいのですが、つい最近もとある政治家が「当時は必要だった」と発言して猛反発を招きました。私もこの見解には反対です。現実主義者を気取ってこの手の見解に賛成すると、たとえば原爆投下なども正しかったと認めることになりかねないので、皆さんも気をつけましょう。

 

しかし、当時の従軍慰安婦制度にどういう背景があったかを知ることは有意義です。そこで「当時は必要だと考えられていた」と訂正するべきでしょうね(「必要だった」が客観性を装っているのに対し「必要だと考えられていた」だと当時の人の主観であることを明確にしているので、暗に「でも実は間違っていた」という意味も含まれることになりますからね)。

 

なぜ従軍慰安婦が「当時は必要だと考えられていた」かというと「軍人の性欲処理」というのがもちろんですが、もう少し話を掘り下げたいと思います。

そもそも従軍慰安婦制度とは、遠征していった軍隊が占領した都市で強姦などの性犯罪を繰り返し、住民の反発やら母国の厭戦感情の高まりやらを招いたことから「売春婦を連れて行けば、現地住民に対する強姦被害も減らせるんじゃね?」という発想から生まれたものです。つまり、制度を発案した側としては、合理的で善意に基づいた制度だと考えていたわけです。ここは押さえておきましょう。

 

また、現代の日本では、売春は「避けることができるなら絶対に避けるべき、非常に汚らわしいもの」とされています。しかし当時は国が売春を認めている一方で、実態としては売春は醜業として見下されているという、矛盾した状況にありました。

 

少々脱線になりますが、売春を認めるべきかという命題は、現代でも非常に扱いが難しい問題です。

一般的な日本人にとっては意外かも知れませんが、ヨーロッパを中心に、貧困女性が生計を立てていくそれ以外の手段を国が手当できないなら、むしろ売春を公的に認めた上で、売春婦の地位向上を目指す方が現実的ではないか、という考え方があります。売春を非合法にしたままだと、公共団体や市民社会が売春婦を援助することができないですからね。

ただ、売春を公に認めたとしても、実態として市民が売春婦を見る目が厳しいままなら、結果として売春の公認は辛い思いをする女性を増やすだけでしょう。改善するなら市民の意識を改革していく以外にありませんが、これには相当の時間と労力を要しますから、安易に賛成できるものではありません。

なお、蛇足ですが、我々日本人は欧米欧米とヨーロッパとアメリカを一括りにする場合が多いですが、こと売春問題に限っては、ヨーロッパでは上に述べたような寛容な見方もでてきているものの、一般のアメリカ人については、我々日本人ですらちょっと面食らうほどに、強い嫌悪感を持っている人が多い、と言われています。この問題においては、欧米をまとめて扱わない方が良さそうです。

 

以上を踏まえた上で、第二次世界大戦時の従軍慰安婦問題を見ていきましょう。

 

従軍慰安婦問題について議論になる点の一つに「強制連行はあったか」というのがあります。ここで言う強制連行とは、力尽くで人さらいをしたか、というぐらいの意味ですね。

確かに、一部の保守派が言うように「物的証拠はない」というのは事実です。ただ「証言も怪しい」という主張もありますが、これは何とも言えないと思います。日付が違うとか細々したことで証言全てを嘘と考えるのは無理がありますし、一方で証言を鵜呑みにするのも少々問題です。

 

結論から言うと、私個人としては「証拠がないのでよくわからない」というのが正直なところです。

ただ、当時の日本の朝鮮支配の過酷さを考えると「強制連行は全くなかった」というのは、状況証拠的な意味でかなり不自然な気がしますね。

 

もう一つ。「物的証拠がないから強制連行はなかった」という理屈を振りかざすなら、現在日本国内で起きている、満員電車内の痴漢事件はほとんど全て無罪にしなければならないことになりますが、実際は今もかなり高い割合で有罪判決が出ています。ということは、もし強制連行問題について裁判をしたら、日本の裁判所は「強制連行はあった」と判断する可能性が高い、ということでしょうか?

議論の本質ではないものの「物的証拠がないから強制連行はなかった」と主張する方には、この件についてどう思うのかもセットで聞いてみたいところですね。

 

 

強制連行の他に問題になるのは「そもそも慰安婦制度自体に問題はなかったのか」という点です。

繰り返しになりますが「当時は合法だったから問題にすべきではない」という理屈はいい加減やめましょう。第二、第三の東京大空襲を招きかねないですからね。

 

百歩譲って、従軍慰安婦は「日本の戦争に自ら進んで協力した模範的な愛国婦人」だったという主張を認めることにしましょう。

しかし、それなら彼女たちが戦後受けた扱いはなんなんでしょうか?

 

戦争の早い時期に廃業した慰安婦はまだよかったかもしれませんが、戦時中に報酬として受け取ったお金は、終戦と共に紙くずになりました。また、軍人には年金が支給されましたが、従軍慰安婦にそうしたお金が渡ったという話は寡聞にして聞いたことがありません。また、戦後も彼女たちは元売春婦として市民社会から白い目で見られ続け、名誉を回復しようという動きは、特に日本では、今日に至るまで全く起こっていません。

 

また、あまり知られていないことですが、従軍慰安婦の大半は日本人女性です。「日本の戦争に自ら進んで協力した模範的な愛国婦人」である日本人女性に対してさえ、上のような有様だったのです。

 

これでは、従軍慰安婦制度が親の仇のごとく嫌われるのも当然というものでしょう。

 

もちろん、日本人女性だって貧困が原因で仕方なく慰安婦になったというのが実態でしょう。しかし、それならそれで、当時の日本政府は女性の貧困につけこんで、正当な報酬を与えずに戦争に協力させたばかりか、戦後も一切の手当をしていないという点が、非難の対象になるでしょう。上に挙げたような戦後の元慰安婦がたどった辛い人生を考えれば、慰安婦は正当な報酬など受け取っておらず、国から不当に搾取され続け、差別と偏見を放置され、今に至るまでその保障を受けられていないということが、一目瞭然なはずです。

 

まとめ

近頃は、戦時中の日本を批判すると「当時の人は当時の人なりに頑張っていたんだ! 批判するなんて失礼じゃないか!」と感じる方も多いと思います。

 

「当時の人は当時の人なりに頑張っていた」というのは本当です。私も、当時、頑張っていた人たちの頑張りそのものを批判する気はありません。

 

しかし、海の向こうでは、当時の日本の行いを今も恨み、今の日本をも憎んでいる人が少なからず存在します。

 

現代を生きる我々がすべきことは、当時の日本の行いの何がどういけなかったかを明らかにして、海の向こうの人たちに誠意を見せ、「昔の日本人」が愛し守ろうとした日本という国を、「現代の日本人」からだけでなく「現代の外国人」からも愛されるような良い国にしていくことではないでしょうか。そのためには、日本がかつて犯した過ちを検証するのが一番であり、それはむしろ日本のためであり、それは日本を守ろうとした昔の日本人となんら変わらない愛国的な行動であると思います。

 

「今の日本人」が外国と仲良くするために「昔の日本人」を生け贄に捧げるようなやり方には、私も賛成しかねます。しかしだからといって、かつての日本の過ちをなかったことにしてしまっては、我々の愛する日本は嫌われ、傷つき、国益を損ねる一方です。そもそも「昔の日本人」が「たとえ祖国日本が傷ついたとしても、私たちの罪をなかったことにしてくれ」と自己中心的な望みを抱いているなどとは、到底思えません。

 

歴史に興味を持たない若者が増えたと言われて久しい昨今、いろいろな入り口から過去を振り返る動きが出てきたのは、それ自体はいいことです。そこを足がかりにして、世の中を良くするにはどうすればいいかというところまで考えるようにすれば、どの時代の誰にとってもいいことなのではないでしょうか。