「とある愛国者からの手紙」作者解説。今回は序文「終わりなき終戦」および「戦間期(一)」を掲載しましたので、ここまでの内容を解説させていただきたいと思います。

 

 

なんで作者解説とか書くの?

本作をWebに掲載するにあたり、解説記事を書くことはずいぶん前から決まっていたのですが、私は「自分の小説を自分で解説する作者なんて前代未聞だろうなあ……」とつい昨日まで思っていました。ですが、本当にたまたま昨日、プロの方が実際にやっている場面を見てしまい、なんというか、複雑な顔になりました……。

 

えっとですね、この業界で昔から言われていることは「本来なら小説で言いたいことは全部小説の中に入れるべきで、解説が必要という時点で小説として成立していない(あるいは駄作である)」ということなんですね。これは私も重々承知していますし、一定の理があることも分かります。

 

ですが「この作品について」でも書いたように「とある愛国者からの手紙」は出版社の編集者にこっぴどく酷評された作品です。その酷評の中に「なんでこんな世界設定にしたのか分からない」という趣旨のものがありました。これは私にはちょっとした衝撃でした。

確かに、想定する読者層がこの世界設定の意味に気づくのは少し難しいかなという気はしていましたが、編集者の方ならすぐに気づくだろうと思っていたので、受賞後の売り方ないし改稿は編集者と相談すればいいと高をくくっていたのです(誤解のなきよう言っておきますが、編集者の方が気づかなかったことを責めようというのではありません。読みを外した私の責任なのは明らかです)。

また、知り合いに読んでもらった際にも、世界設定の意味については首をかしげられました。

 

おまけにもう一つ言えば、Web掲載というのはフリーダムな世界です。前例なきことをやっても許されるはずだ、やってしまえ、と考えました。

 

そこで、解説記事を書くことに決めたわけです。

 

アジアと欧州を逆転させた世界史

worldmap「とある愛国者からの手紙」の世界においては、アジアと欧州の歴史が逆転しています。交換、と言った方がいいかもしれません。

そもそもなぜそうしたか、という目的については、一番最後に書きますので、とりあえずは歴史がどう書き換えられたか見ていきたいと思います。


 

 

japan_uk_exchange主人公の「桐鞍真」が生まれた東暦一九二〇年は、そのまま現実の西暦一九二〇年に当たります。

真が生まれた世界の「大日本帝国」は、我々が暮らす世界の歴史で言う「大英帝国」に当たります。かつて圧倒的な海軍力で世界を支配しましたが、物語の開始時点では衰退の憂き目に直面している、という状況です。


 

「戦間期(一)」では、一九二〇年の状況に至るまでに、この仮想世界がどういう歴史をたどったのかが、おおざっぱに要約されています。

以下「戦間期(一)」より引用です。

 

 欧州の歴史は、アジア列強の介入が本格化するまで、「神聖ローマ帝国」の下で安定していたと言っていいでしょう。比較的独立性が高かったと見られる英国を始めとするいくつかの国々も、ローマ帝国との朝貢貿易を通じて安定を保っている状態で、外界との目立った交流はありませんでした。


 

「神聖ローマ帝国」は現実の歴史においても実在した国家で、今で言うドイツに当たります。ハプスブルク家の国として有名ですね。

実際の中世欧州では、圧倒的な覇権国家は現れなかったか、現れてもごく短命で終わりましたが、世界史の本の中には「一歩間違えば神聖ローマ帝国が欧州を統一していたこともありえた」という記述もしばしば見られましたので、私としては思い切ってやっちゃった次第です。

 

この世界の「神聖ローマ帝国」は史実で言う中国、特に清王朝をイメージしています。神聖ローマが欧州を統一し、安定を望んだために鎖国へと至り、東アジアで起こっていた、技術や社会制度の革新を取り込むのが遅れた、という理屈です。

 

一方その頃アジアでは……

アジア、特に東アジアの歴史が史実と異なる道を歩み始めるのは、大航海時代からです。

 

そもそもヨーロッパに大航海時代が到来したのは、イスラム世界の台頭のために陸上交易がやりづらくなったからだということでしたので、今作の東アジアではインドが邪魔だったので大航海時代が始まったということにしました(インドを選んだのは、単純に地理的な理由です)。

 

もう一つの大きなターニングポイントは、中国が分裂したこと、いえ、それだけなら史実でもありましたが、群雄割拠の状態がこの世界では固定化したことです。

 

十七世紀、史実の欧州では三十年戦争という大戦争があり、この戦争によって神聖ローマ帝国は決定的に衰退して事実上分裂、後の欧州史に大きな影響を及ぼしました。それが、今作の仮想世界では中国(特に華北と呼ばれる北半分の地域)に起こった、ということにしました。

 

ここで登場するのが、まず先述したとおり大英帝国の転生としての大日本帝国。

 

作中で中国南部を領土とする「華南共和国」は、史実の「フランス」の転生です。我々日本人は中国中国と一括りにしますが、実際には中国も北と南では大きく様子が違うのだそうです。言葉がけっこう違うことは有名ですし「南船北馬」という四字熟語もあります。また実際「歴史が一歩違ったら、華北と華南は別の国だったかも?」なんて話も聞きます。なので、今作ではそうしちゃいました。

 

補足になりますが、先述した通りこの世界の欧州ではドイツが欧州統一を達成したことになっていますので、それならフランスがドイツの一部として扱われていてもおかしくないな、と思い、欧州はそのようにしてあります。

これに伴い、英国以外のほぼ全ての欧州を、中国のように一国として扱い、作中では「大陸欧州」と呼称しています。

 

さらに作中、中国西部に成立した「巴蜀王国」は史実の「オーストリア」の転生です。後日の解説で触れる機会もあると思いますが、チェコも少し混ざっています。オーストリア人にも中国人にも悪意はないのですが、今作では基本的にやられ役なのであまり深く考えていないです……。

 

another_china余談ですが、新人賞へ応募した当初は「華南共和国」は「呉国」、「巴蜀王国」は「蜀国」という、有名な三国志をそのまま持ってきた、完全な手抜き設定になっていました。このネーミングには読者が地理的位置をイメージしやすかろうという意図もあったのですが、さすがに安っぽすぎるということで、Web掲載にあたって変更しました。

 


この世界の十八世紀 ~帝国主義のアジアが前近代的なヨーロッパを併呑する~

英国の転生である日本では、十八世紀に入ると産業革命が起こります。また、日本が新大陸(史実のアメリカ大陸)に建設した植民地は、本国に対して独立戦争を起こし「新大陸合衆国」が成立します。もちろんこれは、史実の「アメリカ合衆国」の転生です。作中のこの時代では、アメリカの支配階層はことごとく日系人を中心とした黄色人種である一方、白人は新参者であり、弱小で貧乏な少数派に過ぎません。なおネイティブアメリカン(インディアン)や黒人奴隷に対する扱いは史実と同じという裏設定がありますが、作中では省略されています。

 

other_exchangesまた、今作では「モンゴル民族」が「ロシア民族」の転生になっています。「ロシア帝国」が「モンゴル帝国」になっているのです。

自分でやってて「近代のモンゴルはあんまり悪いことしてないのにちょっと可哀想かなあ……」と思わなくもありませんでしたが……あまりにも絶好の位置にいたので、借りてしまいました。いや、史実でもモンゴル帝国時代にはけっこう野蛮だったし……


 

 

十九世紀初頭に中国大陸で大暴れした「華南皇帝・孫敏」は「フランス皇帝・ナポレオン」の転生になります。

 

十九世紀後半に華北を統一した「中華帝国」は、いうまでもなく「ドイツ帝国」の転生です。ドイツが英国との戦争へと道を突き進んだように、中華帝国もまた、日本帝国と敵対していきます。

 

そして、この作品のキーとなる国家「大英帝国」は、我が「大日本帝国」の転生であり、立ち後れてしまった欧州諸国の中で、唯一急速な近代化に成功し、台頭していく存在となります。

しかし、史実の日本帝国と同じく「後発国」で「現状打破派」に属する英国の政策は、過度に軍事優先に偏っていきます。史実の日本が戦略的要衝である朝鮮半島の「朝鮮民族」を支配したように、今作の英国もユトランド半島の「デンマーク人」を支配下に置きます。

 

eastern_asia_exchangeなお、では作中の「朝鮮民族」はどうなったかというと、「イタリア」の転生として「朝鮮王国」になっています……悪意はないです。地理的に都合が良かっただけなのです。


 

 

ここまで来れば、第一次世界大戦の勃発などはおわかりいただけるかな、と思います。

史実では、ドイツ、イタリア、オーストリアの三国同盟と、イギリス、フランス、ロシアの三国協商が中心となった第一次大戦ですが、作中では同じ順番で中華帝国、朝鮮、巴蜀の三国同盟と、日本、華南、モンゴルの三国協商が中心になったわけです。

 

補足すると、史実では第一次大戦末期にロシア帝国で革命が起きて「ソビエト社会主義共和国連邦」いわゆる「ソビエト連邦」が成立したのに合わせ、モンゴル帝国でも革命が起きて「スボール社会主義共和国連邦」通称「スボール連邦」が成立したことになっています。

 

「ソビエト」がロシア語で「議会」を意味するのは有名なので、モンゴル語で「議会」を意味する「スボール」を国号に据えました。

 

ただ、モンゴル語で「議会」を調べるのには非常に苦労したのですが、実を言うと、どうも合っているかどうか確信が持てません……「ソビエト」「スボール」と並べた時、もしかすると伝統的なモンゴル語には「議会」を意味する単語がなく、現実のモンゴルは「議会」という言葉をそのままロシア語「ソビエト」から取り入れたのではないかという気がします。

しかしそうすると、ロシア民族の地位が低い今作中で、ロシア語の語彙がモンゴル語に移植されるのは不自然ということになります。

 

本来、話者に聞いて確認を取るのが筋なのですが……あんまり重要な部分でもないかな、と思い、そのままにしてあります。分かる方がいたら、遠慮なくご指摘を……いえ、指摘してくれというわけではなく、気が向いたらで大丈夫ですけど。

 

まとめると……

史実

作中

日本 英国
英国 日本
ドイツ 中華帝国
中国 大陸欧州
アメリカ 新大陸合衆国
ロシア(ソ連) モンゴル(ス連)
イタリア 朝鮮

 

なぜこのような世界を創造したのか

さて、第一回の解説だというのに、ずいぶん長くなってしまいました。

 

最後に、先にお約束したとおり、なぜこのような世界を創造したのかという意図について述べさせてもらいたいと思います。

 

カーチス・ルメイという米軍人をご存知でしょうか? 悪名高き「東京大空襲」を指揮したアメリカの将軍です。

その彼が戦後、こう述べたと言います。いわく「もし戦争に敗れていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう」。

 

歴史にIFは禁物ですが、IFをつけることによって得られるものも、時にはあるかもしれません。ルメイ氏の言葉もその一つでしょう。

 

「とある愛国者からの手紙」の世界を描くことによって……加害者と被害者が逆転すれば、現実の歴史が呼び起こす根深い愛憎に紛れ、見えにくくなっていた大切なものが、見えてくるんじゃないか。

また、そうした「欧州とアジアの逆転」「加害者と被害者の逆転」は意外と「あり得ないこと」とは言えないんじゃないか……それが今作のそもそもの着想でした。

 

もちろん、歴史は地理的・地政学的必然だというのは大いに理があります。

たとえば、作中では華北に対して華南が独立を守ったことになっています。ですが、華南はいくら大河が多いとはいえ、ベトナムのジャングルのような防衛に圧倒的に有利な地形というわけでもなく、にもかかわらず華北からの侵略を防ぎきったという仮想は、けっこう無理があります。

 

逆に中世の欧州は黒い森に進軍を阻まれたりで交通が不便で、神聖ローマがいかに大国になったとしても、フランスやイタリアを丸ごと併呑するのは難しい気がします。

 

また、果たしてこのように、各国・各民族の歴史をごちゃ混ぜ・シャッフルすることはそもそも倫理的に許されるのかどうか、という疑問もあるかと思います。中には、作中で理不尽な扱いを受ける国家・民族も出てきますので。

 

しかし、それらの反論を押し切ってでもやってみる価値があるように私は感じ、この長編を書き上げました。

 

それが正しかったかどうかは、よろしければ、読者の皆さんの判断に委ねたいと思います。

 

ではまた。