今回は「戦間期(三)」を掲載しましたので、いつものように解説を書くわけですが、長くなってしまったので今回は三記事に分けます。

この記事では、作中で触れられている世界恐慌、そしてそれが後の歴史にどう影響を与え、第二次大戦へと至っていったかを見ていきたいと思います。

 

この記事が扱う範囲

さて、世界恐慌をきっかけに時代は激動の波に飲み込まれ、穏やかな幼年時代を過ごした主人公「桐鞍真」の人生も、波乱の道を進み始めます。

 

この流れを一本の記事にまとめるのは骨が折れることですが、この作者解説シリーズとしては避けては通れない話なので、頑張ってみようと思います。

 

なお、このあたりの作中の世界史は、基本的に史実の出来事をそのままなぞっているので、今回の記事では原則として、作中との参照よりも、史実の出来事を紹介していくことに注力したいと思います。

 

世界恐慌とは?

Wikipediaの該当記事を見てください……と言いたいのは山々なんですが、それでは網羅的に過ぎ、イメージを掴みにくいでしょうし、この作品ならではの解釈というものもあるので、ここで簡単にまとめたいと思います。

 

1918年に第一世界大戦が集結し、平和が訪れたものの、当時世界の中心だった西欧は戦争により大打撃を受け、工業生産の中心はアメリカに移っていました。


ところがそのアメリカは調子に乗って生産力を増強しすぎて生産過剰に陥ってしまったにとどまらず、それに気づかずに投資家が投機を続け、日本で言うバブル景気をもっとひどくしたような、実体を伴わない金融市場ができあがっていました。

 

Crowd_outside_nyseその結果が1929年に起きた株式市場の大暴落であり、金融市場の大混乱、未曾有の大不況です。

その後十年以上、世界はこの恐慌に端を発した不景気に苦しめられ、その衝撃は後の歴史を歪めるほどに痛烈なものでした。



 

世界恐慌のその後 ~戦争への道~

前回の記事で、第一次世界大戦の惨禍を目の当たりにした世界は、平和主義と国際協調に大きく舵を切ったと書きましたが、この恐慌で理想を実現させる余裕を失った各国は、国際協調を破って自国本意の政策を取り始めた、とされます。

 

イギリス・フランスなどは世界各地に広大な植民地を持っていたので、関税を高く設定することにより、これら自国経済圏と外部との貿易を制限し、経済を維持しつつ、自国の制御下に置こうとしました。ご存じの通りこれは「ブロック経済」政策と呼ばれます(Wikipediaの該当記事)。しかし、これは自国と植民地とで製品を自給自足できる強国だからできたことです。

植民地をほとんど持たない国にとっては、このような保護貿易政策は、強国のエゴ以外の何物でもありませんでした。

 

一方のアメリカは大規模な財政出動を行って経済を刺激しようとしました。いわゆる「ニューディール政策」というやつですね(Wikipediaの該当記事)。
小中学校で教わっただけでは、ニューディール政策により強いアメリカは戻ってきたような印象を受けます。が、実際のデータなどを見ると、確かにニューディールにより一時期のような落ち込みをくい止めることこそできたものの、アメリカ経済が名実ともに完全復活を遂げたと宣言するには、日本との戦争に突入したことによる戦争特需を待たなければならなかった、というのが通説のようです。

 

さて、より悲惨だったのは日本、ドイツ、イタリアなど、植民地を「持たざる国々」です。


日本の場合、英仏などの経済圏との貿易から事実上シャットアウトされてしまったので「植民地がないなら、作ればいいんじゃね?」というほど軽い発想ではありませんが、まあ大体似たり寄ったりの発想で、軍人が政治に強い影響力を持ち、中国を侵略し始めました。

 

505px-Hitler_1928_cropドイツではヒトラー率いるナチスがあまりにも有名ですね。ナチスは当初、公共事業や軍備増強で経済を立て直し、一時期は世界中から賞賛を浴びますが、財政的に行き詰まり、やはり対外侵略に突き進んでいきました。
ドイツが第二次世界大戦で大暴れしたのはヒトラーが悪者だったせいだ、というような単純なイメージをお持ちの方は多くいます。


まあそれもそう大して間違ってはいないのですが、ただし、ヒトラーがいなかったとしても、あるいはヒトラーが開戦を選ばなかったとしても、ドイツ経済は戦争特需がなければ遅かれ早かれ破綻する運命にあった、という指摘が後世の研究者からなされています。

 

この点については、おそらく、日本に関しても似たようなことが言えるのではないか、と、私は個人的に考えています。

 

イタリアはそもそも世界恐慌が発生する前から不景気が続いていて、やはりこちらでも国粋主義が台頭します。元祖ファシズム、ムッソリーニですね。

 

 

私の「戦争前夜」観

さて、本作は一種独特の「歴史観」に基づいて描かれています。本作が桐鞍真の手記という形をとって書かれているために、それは桐鞍真の歴史観と扱われていますが、言うまでもなく、彼の歴史観は私のそれと非常に近いものです。

 

その歴史観が最も異彩を放つとしたら、この戦争前夜の情勢に関する部分、そして、開戦に至った経緯に関する部分でしょう。

 

一般では、第二次世界大戦は日本やドイツが始めた侵略戦争であると認識されています。私もこれを否定する気は毛頭ありません。あれは見紛うことなき侵略戦争であり、対抗し、防がなければならないものでした。

 

しかし、ではなぜ日本やドイツが侵略戦争を始めたのかというと、これは一筋縄ではいかない問題です。

 

中には、ドイツにはヒトラー、日本には東条英機以下の軍人たちと、それぞれ悪人がいて、自分たちの私利私欲のために侵略戦争を始めたと思っている人もいます。米英ソ以下の連合国は、この侵略を押しとどめて正義のために戦ったという考えです。

 

また、日本については、それとは逆に、欧米列強に支配されていたアジアの諸民族を解放するために戦った、だから侵略ではないなどと、当時の日本軍のプロパガンダを今も信じ続けている奇特な人もいます。
これは明らかに間違いで、日本がアメリカなどと戦端を開いたのは、中国を侵略し続けるのに必要な軍需物資、特に石油の貿易を途絶させられたからです。

 

ここに記す歴史解釈の独特な部分のうち、ここは最も強く確信を持って言えるのですが、日本がアメリカと戦った太平洋戦争は、根本的には日米が中国の支配権を巡って争った戦いでした。ここを認識していない人が日本では(アメリカでもですが)多く、教育でも教えられていないのが、私には不満です。
戦後の中国は、アメリカの目論見に反して共産党政権が支配を確立してしまったので、ついつい見落としがちなのですが、もしアメリカが戦中から強力に支援していた中国国民党が、順当に中国大陸を支配していたなら、中国も今頃はアメリカの属国だったかもしれません。


話を戻しましょう。前項の世界恐慌に関する解説でお気づきの方も多いでしょうが、私の解釈は枢軸悪玉論とは微妙に違います。

私が思うに、第二次大戦が起こってしまった何よりの要因は「世界恐慌への対処を誤ったこと」です。


どう考えても、結局はそこへ行き着きます。世界恐慌で経済が破綻の危機に瀕することがなければ、ドイツでナチスが台頭することもなかったでしょうし、日本も中国を侵略しなかったか、したとしてもどこかで兵を退いていた可能性は十分あります。
もちろん、だからといって日独に戦争責任がないというわけではありません。

 

しかし、じゃあ自国のことだけを考えた保護貿易に走った連合国に責任がなかったかというと、私にはどうもそうは思えません。国際協調を維持し、自由貿易を続けていれば、あるいは日独の経済も追い込まれることなく、世界は違う歴史をたどっていたかもしれない、と思うのです。

 

640px-2006_Annual_Meetings_Boards_of_Governors現に、戦後の西側世界が金融・経済の面で一貫して国際協調・自由貿易を貫いているのは、第二次大戦という失敗を繰り返さないためです。


 


 

終わりなき終戦

歴史認識などというものは誰かに押しつけられるものではありませんが、全ての人が一次資料に目を通すわけにはいかないでしょうし、またそうしたとしても、全ての人がそこから正しい結論を導き出せるとは思えません。

 

しかし、ある人は「あれは枢軸国による一方的な侵略だ」と当時の連合国のプロパガンダをそのまま口にする一方、またある人は「いいや、あれはアジアの諸民族を圧制から解放する正義の戦いだった」とやはり当時の日本のプロパガンダをそのまま口にしているようでは、お前らどんだけ進歩がないのか、と思わざるを得ません。

 

現代を生きる我々がすべきことは、立場の異なる著者が書いた本を多く読み込んだ上で、それぞれの本について「この本のこの部分は、立場の異なるあっちの本やそっちの本にも同じことが書かれていた。だから真実だろう。一方、この部分は立場の異なる本と食い違う。もっと本を読むまで保留にしておこう」という具合に、詳細な分析を加えた上で、それらをまとめて自分で考え、自分なりの歴史認識を構築していくしかないでしょう。