point_of_elaborationというわけで、小説講座第九回。

 

今回は「推敲のポイント」と題してお送りする。

 

最後の一行を書き終えれば、小説は完成かというと、なかなかそうはいかない。何だかんだ言って、推敲はした方がいいものである。

 

 

推敲とはどんなものか

推敲は「すいこう」と読む。意味はまあ、出来たもの(特に文章)を見直しして、必要なら手を入れることによって、より良いものにしようとすること、といったような感じだ。

 

推敲という作業は、はっきり言って地味だ。それ以上に、多くの場合、苦痛でさえある。自分が書いた文章を何度も何度も読み返すことを強いられるのは、大抵の人にとって、ぞっとしない体験なのだ。

 

どうしてかといえば、理由はいくつか挙げられるだろう。「既に何度も読んだために飽きてしまっている」だけの場合もあれば「あまりにも酷い出来で自分が嫌になる」という最悪のケースもある。

 

しかし、やっぱり、推敲は大事だ。最後の一行を書き終えた時点で、小説が完璧な状態にあるということは、まあ滅多にない。最後の一行を書き終えることで、初めて気づく序盤部分の穴というのもある。

 

推敲は多くの場合、神経をすり減らす作業だが、それだけの価値はある。推敲によって、小説の完成度は上がる。ならば、やらない手はないだろう。

 

余談だが、世界的小説家の村上春樹大先生も、推敲のことを「とんかち仕事」と呼び、とても大事だとたびたび強調している。あの大先生もこう言っておられるのだから、我々のような下々の衆がやらずしてどうするというのか。

 

さて、小説の推敲では、主に以下のような点を注意して行う。

 

・誤字・脱字がないか

・その他、表現におかしなところがないか

・ストーリーに不自然なところがないか(あるいは、もっと良くできるところがないか)

 

以下では、このような点を意識しながら、具体的にどうやって推敲するのがいいのかを論じていく。

 

ポイントその1:日を空けて改めて読む

あちこちでよくいわれていることの繰り返しになって恐縮だが、やっぱり、日を空けて改めて読むことの利点は大きい。

 

一般に、小説を完成させてから、一週間とかあるいはそれ以上、日時を空けて読むと、色々と悪いところに気づくことができるという。これは、時間を置くことによって、自身の作品を冷静かつ客観的に評価できるようになるからだと言われている

少なくとも、私の経験の上では、この主張はかなりの程度正しいと言って差し支えない。新人賞に原稿を送った後、間を置いて読み返した時、自分の小説が稚拙に見えると言うことが、一体幾度あったことか……!

 

というわけで、推敲のポイントその1は、日を空けて改めて読むことである。

 

もっとも、あまり日を空けすぎると、頭が冷え切り過ぎるあまり、小説の世界の中へスムーズに入っていけないこともあるような感じがする。

 

このため、作品の完成後にこれをやるならともかく、執筆中に日を空けることは、諸刃の剣となる可能性を秘めている。作品を冷静に見るあまり、執筆を続ける気をなくしてしまったりするのだ。

 

冷静になるのは基本的に良いことだが、時として不都合な状態に追い込まれることもあるということは、覚えておいても損にはならないだろう。

 

ポイントその2:体裁を変えて読む

ここで言う「体裁」とは、たとえばワープロソフトやテキストエディタの設定で言う「字数・行数」のことである。

 

特に(一行当たりの)字数を変えて読むことは、誤字・脱字を発見する上でかなりの威力を発揮する。ポイントその1と違って、これはよそであまり見かけないアドバイスだが、私はこの主張に割と自信を持っている。

 

(かつてTwitterで誤字・脱字を連発していたことを除けば)誤字・脱字が少ないことは、私の数少ない自慢だ。だが、そんな私にも不得手とする場面がある。それは「行末および行頭」である。私の文章における誤字・脱字は、そのほとんどが行末または行頭に集中している。

 

聞くところによれば、誤字・脱字が多いことで知られるとあるライターさんが、こんなことを言っていたらしい。いわく「一度書いた文章は覚えているので、誤字・脱字を自分の脳が自動変換してしまい、正しい文章に見えてしまう(そのため、誤字・脱字に気づかない)」。おそらく、私の中では、行末および行頭に限って、このライターさんと同じことが起きているのだと考えられる。行末および行頭は、ついつい流し読みしがちだからだ。

 

もし、そんな私と似たような症状に悩んでおられる方がいたとすれば、この「体裁を変えて読む」を実践してみることをおすすめする。面白いように(そして時には悲しくなるぐらいに)誤字・脱字を発見できるはずだ。

 

なお、似たような技として「紙にプリントアウトして読む(この時、もちろん一行当たりの字数は変える)」または「電子書籍リーダーに出力して読む」というものもある。これは「体裁を変えて読む」のバージョンアップ版で、気分を一新することにより、誤字・脱字だけでなく内容のおかしなところにも気づきやすくなる(ような気がする)。

 

ポイントその3:序盤と終盤の整合性に気をつけて読む

プロットの段階で考えていなかったことを、執筆中に書き足さねばならないことはしばしばあると、直近の連載の中で何度か書いてきた。

 

終盤のシーンでそのような「予定外の文章」を書くと、序盤の文章との整合性が取れなくなることがしばしばある。また、整合性の点で問題がなかったとしても、終盤の文章に合わせて序盤の文章を書き換えることで、小説全体の完成度が高まることはよくある(要するに、伏線を後から作ってやるのだ)。

 

そのような「序盤と終盤の帳尻合わせ」もまた、推敲における大事なポイントの一つであると言える。ただし、これは言うほど簡単ではない。帳尻合わせを適切に実行するためには、どの部分でどんな文章を書いたかを、ある程度頭に入れておく必要がある。つまり、けっこうな記憶力を要する作業なのだ。

 

この作業を行う上で、記憶力以上に大事なのは、注意力である。ある部分で帳尻を合わせた結果、別の部分が破綻する危険性には気をつけよう。

 

番外編:執筆中に行う推敲について

推敲とは普通、執筆後(つまり、最後の一行を書き終えた後)に行うものだが、実際のところ、それまでの時点で書いてある文章を見直すという形で、執筆中に推敲を行うことはよくある。

 

執筆中の推敲には、いくつかの利点がある。

 

・それまでに書いた文章を読み返すことで、モチベーションをアップできる … これは、特にその小説を書き始めたばかりの頃に有効である。小説を書かなければと思っていても、いまいち気分が乗らないことはよくある。そこで、それまでに書いた文章を読み返すことで、作品の世界に入り込むことができ、モチベーションを上げられる可能性がある。読み返しが終わると「なんだ、ここで終わりなのか。続きを書かなければ」という気持ちになるのだ。イメージで言えば「波に乗る」ような感じである(似たようなことを言っておられる方もけっこういる)。

 

・キャラクターの一貫性を保てる … これもまた、その小説を書き始めたばかりの頃によく当てはまる。キャラクターがぶれてしまいがちなのは、小説を書き始めて間もない場面である。その日、小説を書き進める前に、最初から読み返すことによって、キャラクターのぶれを予防する効果が期待できる。

 

・ストーリーの矛盾を防ぐ … 長編小説が中盤を越えると、これまでに書きためた文章量も多くなり、その全てを把握しておくのが難しくなる。そのまま書き進めると、序盤と終盤で矛盾したことを書いてしまったりしがちだ。特に、クライマックスのシーンにこうした矛盾が入り込むと、後から修正するのは厄介になる。このため、クライマックスのシーンに進む前など、適当な区切りのいいところで、それまでの文章を一度読み返してみるのがいい。これまでに書きためた文章を改めて把握しておくことで、その後のシーンに矛盾が入り込む可能性を最小限にできるだろう。

 

蛇足になるかもしれないが、私の場合、執筆中の推敲においては、先述した「日を空けて読む」とか「体裁を変えて読む」といったテクニックは使わない。

 

なぜかといえば、執筆後の推敲が「既に書いた物をより良くする」ことを目的としているのに対し、執筆中の推敲が主眼とするのは「これから書く物をより良くする」ことだからだ。

 

だから、執筆中の推敲の場合、モチベーションの高い状態を維持し、かつ、書いた文章への記憶が失われないようにするため、日を空けずに行うことが多い(もちろん、これは執筆期間中に適度な休養をとることを否定するものではない。私なんかしょっちゅう休養している)。また、誤字・脱字の発見が主な目的ではないので(もちろん、発見すれば修正するが)体裁も変えない。

 

次回予告

自画自賛みたいで何だか気まずいが、それでも今回は、久しぶりに有意義な内容が書けたような気がしている。

 

無難な内容ではあるが、それだけに、分かりやすかったのではないかとも思う。

 

さて、次回は……手元にある予定表では「私的執筆環境を公開する」とあるが……うーん。もしかしたら変更するかもしれない。

 

では、また来月。